
猫の泌尿器系は、腎臓・尿管・膀胱・尿道の4つの器官から構成されています 。
腎臓で血液中の老廃物をろ過して尿(おしっこ)を作り、尿管を通じて膀胱に蓄え、十分に溜まったら尿道から体外に排泄されます 。腎臓は体内の水分・ミネラルバランスや血圧の調整なども担う重要な臓器で、左右に2つありますが、正常なら片方でも機能を果たせます。
しかし腎機能が75%ほど失われるまで明確な症状が出ないともいわれ、腎臓のトラブルは気づきにくい特徴があります 。一方、膀胱や尿道など下部尿路のトラブルは排尿時の異常として現れます。猫は本来自分の異常を隠しやすい動物で症状がわかりにくい傾向がありますが 、日頃からおしっこの様子を観察することで健康状態の指標にすることができます 。
猫が泌尿器トラブルを起こしやすい理由
猫は泌尿器系の病気になりやすい動物と言われます。その背景にはいくつかの要因があります。
- 濃い尿を作る体質: 猫の祖先は乾燥した砂漠地帯出身で、水分を効率よく利用するために尿を濃縮して排出する能力が発達しています 。このため現在の飼い猫も尿の濃度が高くなりやすく、濃い尿は膀胱や腎臓に負担をかけ結石(尿石)形成などのリスクになります。十分な水が飲める環境でも、この体質的傾向は残っていると考えられます。
- ストレスに敏感: 猫は環境の変化やトイレ環境の不満、生活上のストレスにとても敏感です 。強いストレスは自律神経やホルモンバランスを乱し、膀胱の炎症(特発性膀胱炎)を引き起こす要因になります。またトイレを我慢したり、水を十分に飲まなくなることで尿路への負担が増えます。近年はストレスなど複合的要因による特発性膀胱炎(原因不明の膀胱炎)が猫の下部尿路疾患の約60%を占めるとも報告されています 。
- オス猫の尿道構造: オスの猫はメスより尿道が細長く湾曲しているため、小さな結晶や粘液があるだけで詰まりやすく、尿道閉塞(尿が全く出なくなる状態)を起こしやすい傾向があります 。尿道閉塞は数時間~半日程度で腎不全や尿毒症を招き命に関わる緊急事態です 。特に去勢済みのオス猫は尿道径がさらに細いため注意が必要です。一方メス猫は尿道が短く太い分、完全閉塞は稀ですが膀胱炎など尿路感染症を起こしやすい傾向があります 。
- 加齢による腎臓病: シニア期(高齢期)の猫では慢性腎臓病が非常に多くなります 。加齢や遺伝的素因により腎機能が徐々に低下し、水を濃縮する力が落ちて多飲多尿になったり、食欲低下や体重減少などの症状が現れます 。老猫の多くは慢性腎臓病の予備群ともいわれるほど頻度が高く 、腎臓病も猫の泌尿器トラブルの一因として注意が必要です。
以上のように、猫の泌尿器トラブルは体質・生活環境・ストレス・加齢など様々な要因が重なって起こりやすいのです 。
代表的な泌尿器トラブルの症状とサイン
猫に見られる泌尿器トラブルの主な**症状(サイン)**には、以下のようなものがあります 。それぞれの症状が示す可能性のある状態や原因について解説します。(※各症状の詳しい原因や対処法は、該当する詳細記事で解説しています)
頻尿(何度もトイレに行く)
何度もトイレに行って少量の尿をぽたぽたとしか出さない状態です 。通常、健康な猫のおしっこ回数は1日2~4回程度ですが、5回以上と明らかに回数が多い場合は異常の可能性があります 。頻尿のとき猫は何度も排尿姿勢を取りますが、一度の排尿量は非常に少なくなります。原因としては膀胱炎(膀胱粘膜の炎症)や尿路結石、尿道の部分的な詰まりなどにより膀胱に尿が溜まっていてもスムーズに排出できない状態が考えられます 。頻尿は猫にとって強い不快感や痛みを伴うことが多く 、もし愛猫がトイレを出たり入ったり落ち着かない様子で頻繁におしっこ姿勢を繰り返すようなら注意が必要です(頻尿の原因については以下の記事で詳しく解説しています)。
血尿(尿に血が混ざる)
おしっこの色が赤やピンク色になる、茶色や黒っぽくなる状態です 。健康な猫の尿は薄い透明な黄色ですが、血液が混ざると赤~茶褐色に変化します 。少量の血尿でも膀胱炎や尿路結石症ではよく見られるサインで、膀胱や尿道の粘膜が炎症・出血している可能性があります 。ストルバイトやシュウ酸カルシウムなどの尿結晶・結石がある場合、顕微鏡的な血尿や結晶によるキラキラした砂状の混入が見られることもあります 。肉眼的に赤い血尿が出る場合、膀胱炎(細菌性、特発性)や結石による粘膜損傷が疑われます 。猫が血尿をしているときは痛みを伴っていることも多いので早めの受診が望ましいでしょう(血尿の原因については以下の記事で詳しく解説しています)。
排尿困難・尿閉(おしっこが出にくい/出ない)
排尿時に強くいきんでいるのに尿がほとんど出ない、または全く出ない状態です 。雄猫に多い尿道閉塞では、結石や粘液栓などが尿道に詰まって完全に尿が出なくなります 。この場合猫は何度もトイレでいきみ苦しそうに鳴くものの、一滴も尿が出ません。また頻繁に陰部を舐める仕草も見せます。尿が出ない状態は数時間以内に腎不全や尿毒症を引き起こす非常に危険な症状で、見られたら一刻も早く緊急治療が必要です 。一方、完全閉塞ではなく**排尿困難(尿が少しは出るが出しにくい状態)**の場合も重度の膀胱炎や尿道部分閉塞が原因で、強い不快感・疼痛があります。排尿困難から完全閉塞に進行することもあるため油断できません。特にオス猫で尿量減少や排尿時の苦痛サインが見られたら、夜間でも迷わず動物病院に連絡してください (排尿困難の原因については以下の記事で詳しく解説しています)。
トイレ以外での粗相(不適切な排尿)
決まったトイレ以外の場所でおしっこをしてしまうことです。普段トイレの失敗をしない猫が床や布団、洗面台などで排尿していたら要注意です。原因としては大きく二つあり、1つは泌尿器系の不調による粗相、もう1つは行動学的なマーキングや不満の表現です。泌尿器の問題で粗相が起こる場合、膀胱炎などでトイレが間に合わなかったり、トイレ=痛みの連想で別の場所にしてしまうことがあります 。頻尿や血尿など他の症状を伴う場合は病気の可能性が高いでしょう。一方、トイレが汚れていたり環境の変化でストレスがある場合にも粗相が増えることがあります。多頭飼いでトイレが不足していたり、トイレそのものに不満がある場合も考えられます 。まずは泌尿器疾患の有無を検査し、異常がなければ生活環境を見直すことが大切です(粗相の原因と対策については以下の記事で詳しく解説しています)。
多飲多尿(お水をたくさん飲み尿の量が多い)
水を飲む量が増えておしっこの量・回数も増加する状態です 。これは腎臓の機能低下に伴う典型的な症状で、慢性腎臓病の初期サインとしてよく見られます 。腎臓で尿を濃縮できなくなるため大量の薄い尿が出て、それを補うため喉が渇いてさらに水を飲むという悪循環になります 。慢性腎臓病の他、糖尿病や甲状腺機能亢進症など全身疾患でも多飲多尿が現れます 。一見おしっこの出が良いように思えても、以前より明らかに飲水量・尿量が増えていると感じたら病気の可能性があります。特に中高齢の猫で多飲多尿に気づいた場合は早めに健康チェックを受けることをお勧めします(多飲多尿の原因については以下の記事で詳しく解説しています)。
症状別の緊急度と受診の目安
泌尿器トラブルは症状によって**緊急度(放置の危険度)**が異なります。以下に主な症状ごとの受診の目安をまとめます。
- 尿が出ていない(尿道閉塞の疑い)
- 最も緊急度が高い症状です。半日~1日尿が出ないと体内に毒素が蓄積し命に関わります 。オス猫がトイレでいきんでいるのに一滴も出ない場合や、頻繁に嘔吐・ぐったりする場合は数時間以内に救急受診してください。夜間でも迷わず対応可能な病院を探しましょう。
- 排尿困難・頻尿(少量しか出ない)
- 緊急度は高いです。完全閉塞ではなくとも猫に強い痛みとストレスを与え、閉塞に進行するリスクもあります。その日のうちに受診しましょう。特にオス猫は早急に診察を受け、尿道の通りを確認してもらう必要があります 。
- 血尿が出ている
- 緊急ではないものの早めの受診が望ましい症状です。血尿は膀胱炎や尿路結石などのサインで、放置すると悪化する恐れがあります 。猫自身も違和感を抱えているはずなので、できれば1~2日以内に診てもらってください。
- 粗相(トイレ外での排尿)
- 他の症状を伴う場合は病気の可能性が高いため早めに受診しましょう。粗相だけで猫が元気・食欲も普段通りなら緊急性は低いですが、膀胱炎など初期症状の可能性もあります。一度尿検査を受けて異常がないか確認すると安心です。
- 多飲多尿(尿量増加)
- 緊急性はさほど高くありませんが、できるだけ早めに受診しましょう。多飲多尿は慢性腎臓病や内分泌疾患のサインで、進行すると命に関わります 。猫は調子が悪くても比較的元気に装うため、飼い主様が「おかしいな」と思った時点で早期に相談することが大切です 。
飼い主が取るべき観察ポイントと記録のコツ
猫の泌尿器トラブルを早期に発見するには、日頃からおしっこに関する次のポイントを観察・記録しておくことが有効です。
- 1日のトイレ回数
- 普段の排尿回数の平均を知っておきましょう。正常な猫は1日に2~4回程度おしっこします 。回数が極端に多い(5回以上)か少ない(1回も行かない)場合は異常のサインです 。トイレの頻度が増えていないか、減っていないかを毎日チェックしてください。
- 尿の量と塊の大きさ
- 尿量は体調を知る重要な指標です。健康な猫の1日尿量は体重1kgあたり50ml以下が目安とされます 。急に大量の尿をするようになった、逆に尿量が減ったという場合は注意しましょう。ただ実際に計量するのは難しいので、日々トイレ砂の尿の塊の大きさを観察・記録しておくと変化に気づきやすいです 。システムトイレの場合はペットシーツの重さを毎日同じ時間に測って記録する方法もあります 。
- 尿の色・におい・状態
- おしっこの色は健康状態を反映します。通常は淡黄色~透明ですが、赤・ピンク・茶色・白濁など普段と違う色なら要注意です 。血が混じると赤や茶色、膀胱炎では白っぽく濁る(膿尿)こともあります 。また強いアンモニア臭以外に、においの変化も観察しましょう。腎臓病の尿は薄く無臭に近くなり、糖尿病の尿は甘い匂いを呈することがあります 。「最近おしっこの匂いが弱い/変だ」と感じたら体調変化の手がかりになります。
- 排尿時の様子
- トイレでのしぐさや声にも注目してください。排尿姿勢のまま長くうずくまる、鳴き声を上げる、頻繁に陰部を舐めるといった様子は泌尿器トラブルのサインです 。健康な排尿は数秒でスムーズに終わるので、明らかな延長や痛がる素振りがあれば獣医師に相談しましょう。
- 飲水量
- 給水ボウルの減り具合などから水を飲む量も記録しましょう。暑い時期や運動後以外で急に飲水量が増減した場合、腎臓や内分泌系の異常が疑われます 。特に飲水量の増加(多飲)は多尿とセットで現れやすいので見逃さないようにしてください。
- 記録の工夫
- 猫の変化は少しずつ進行するため、日々の記録が重要です。「昨日とあまり変わらないかな?」では見落とす可能性があります 。カレンダーに排尿回数や尿の状態を書き留める、スマホで尿の色の写真を撮っておくなどして、客観的な記録を蓄積しましょう 。こうした記録は獣医師に相談する際にも大いに役立ちます。また普段から定期健診で尿検査を受けて基礎データを持っておくのも理想的です 。
日常生活での予防策(トイレ、水、ストレス管理)
泌尿器トラブルを未然に防ぐには、日常生活の工夫で猫の排尿環境や習慣を整えてあげることが大切です 。以下に効果的な予防策をまとめます。
- 十分な水分補給を促す
- 尿を薄めて流れを良くし、膀胱炎や結石を防ぐにはたくさん水を飲ませる工夫が一番です 。ドライフード中心ならウェットフードを併用して食事から水分補給させる、家の複数箇所に新鮮な水を置く 、流水が出る給水器や猫が好む容器(陶器ボウル等)を試すなどして飲水量を増やしましょう 。寒い冬場は飲水量が減りがちで泌尿器疾患が増える季節ですので、意識して水分摂取量を確保してあげてください 。
- 快適なトイレ環境を整える
- 猫はきれい好きで神経質なため、トイレ環境のストレスが排尿トラブルを招くことがあります。 常に清潔で静かなトイレを用意しましょう。トイレは毎日こまめに掃除し、嫌な臭いが残らないようにします 。設置場所は人通りが多い騒がしい場所を避け、猫が落ち着ける静かな場所にしましょう 。また頭数+1個のトイレが理想と言われます 。多頭飼育なら各猫がストレスなく使えるようトイレを十分な数だけ置き、猫砂の種類も猫の好みに合ったものを使います 。気に入らないトイレだと猫は我慢してしまい膀胱炎の一因にもなるため注意しましょう。
- ストレスを減らす環境作り
- 日頃から猫のストレス管理を心がけましょう。環境の急な変化(引っ越し、模様替え、来客など)はできるだけ少なくし 、生活リズムも安定させます。家の中に安心して隠れられる場所や高い所(キャットタワーや棚)を用意してあげることも有効です 。遊びの時間を毎日設けて適度に運動させ、飼い主さんがスキンシップを図ることでストレス発散にもなります 。他のペットとのケンカがある場合はトラブルの原因を取り除きましょう 。また、トイレ以外で粗相をしてしまっても決して叱らないでください 。叱ること自体が大きなストレスになり、症状を悪化させる可能性があります。
- 適切な食事と体重管理
- 肥満や偏った食事は泌尿器疾患のリスクを高めます 。総合栄養食によるバランスのとれた食事を与え、間食の与えすぎに注意して適正体重を維持しましょう。特にオス猫で肥満体型の場合、尿道閉塞のリスクが上がるとの指摘もあります 。必要に応じて獣医師と相談のうえ尿路ケア用の療法食に切り替えるのも有効です (※療法食は特定の疾患・体質向けに設計されたフードであり、獣医師の指示のもとで使用してください )。塩分の多い食品やマグネシウム含有量の高い食品を避けることも結石予防につながります。また定期的に体重を測定し、増減がないかチェックしましょう。
こうした日常ケアで「泌尿器トラブルになりにくい体づくり」を目指すことが、愛猫の健康寿命を延ばすことにつながります 。
まとめ:早期発見の重要性と回遊導線
猫の泌尿器トラブルは体質や環境など様々な要因が絡み合い、飼い主が気づかないうちに進行しているケースが少なくありません 。しかし日頃からおしっこの状態を注意深く観察し、今回紹介したポイントを記録する習慣をつければ、異常の早期発見・早期治療につなげることが十分可能です 。実際に尿のチェックで「いつもと違う」変化に気づいたら、迷わず獣医師に相談してください。それが大切な愛猫の命を守る第一歩となります。
なお、泌尿器トラブルの具体的な原因や治療法は症状によって異なります。頻尿・血尿・排尿困難・多飲多尿など各症状ごとの詳しい解説記事もありますので、ぜひあわせてご覧ください。(「頻尿の原因はこちら」「血尿が出る場合はこちら」等、症状別の詳細記事も参考にしてみてください)
猫の泌尿器の健康管理は、飼い主さんの観察力とケアの積み重ねがカギです。日々の小さな変化を見逃さず、適切に対処してあげることで、愛猫と長く健やかな毎日を過ごしていきましょう。
参考文献(猫の泌尿器疾患に関する主な論文・ガイドライン)
- Buffington C.A. et al., Clinical evaluation of multimodal environmental modification (MEMO) in the management of cats with idiopathic cystitis. J. Feline Med. Surg. 8, 261-268 (2006) .
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- International Cat Care, 2025 Consensus Guidelines on the Diagnosis and Management of Feline Lower Urinary Tract Diseases. J. Feline Med. Surg. (2025).
- 星 史雄 他「猫の特発性膀胱炎とその栄養学的管理について」日本ペット栄養学会誌 18(1), 40-44 (2015) .