猫は痛みや苦しさを隠す動物です。心臓病も症状が出にくく、気づいたときには進行していることも少なくありません。しかし正しい知識を持ち、定期的な検査を受けることで早期発見・適切な管理が可能です。この記事では、猫の心臓病(肥大型心筋症・大動脈血栓塞栓症など)の症状・診断・治療・食事管理について詳しく解説します。
猫の心臓病の種類|HCMが最多の理由
猫の心臓病で最も多いのは肥大型心筋症(HCM: Hypertrophic Cardiomyopathy)で、猫の心臓病全体の約60〜70%を占めます。その他の心臓病には以下のものがあります。
- 肥大型心筋症(HCM):心室壁・心室中隔が肥厚し、心室容積が減少する。最多。
- 拘束型心筋症(RCM):心筋が線維化・硬化し、心室の弛緩が障害される。
- 拡張型心筋症(DCM):心室が拡大・収縮機能が低下する。タウリン欠乏が原因のことも。
- 不整脈源性右室心筋症(ARVC):稀だが突然死の原因になりうる。
- 先天性心臓病:心室中隔欠損症・動脈管開存症など。
HCMが多い理由は遺伝的素因が強いためです。メインクーン・ラグドール・ブリティッシュショートヘア・スコティッシュフォールドなどでは特定の遺伝子変異(MYBPC3遺伝子変異)との関連が報告されています。ただしすべてのHCMが遺伝性ではなく、原因不明(特発性)も多いです。
猫の肥大型心筋症(HCM)の症状|突然の後ろ足麻痺に注意
HCMは長期間無症状で経過することが多く、それが早期発見を難しくしています。症状が出るとしたら以下のようなものです。
初期〜中期の症状
- 運動不耐性(すぐ疲れる・あまり動かない)
- 食欲低下
- 体重減少
- 呼吸が速い(安静時呼吸数30回/分以上)
- 心雑音(聴診で確認)
進行期の症状(うっ血性心不全)
- 開口呼吸・苦しそうな呼吸(肺水腫・胸水)
- 腹部膨満(腹水)
- チアノーゼ(舌・歯肉の青紫色変化)
- 突然の虚脱・失神
要注意:突然の後ろ足麻痺(血栓塞栓症)
HCMの最も恐ろしい合併症が大動脈血栓塞栓症(FATE)です。突然、後ろ足が動かなくなり、痛みで鳴き叫ぶことがあります。これは心臓内で形成された血栓が大動脈分岐部(鞍状血栓)を塞ぐことで生じます。緊急事態です。
猫の心臓病の診断|エコー・胸部X線・バイオマーカー
心臓病の確定診断には以下の検査が用いられます。
心臓超音波検査(心エコー)
心エコーは猫の心臓病診断の「ゴールドスタンダード」です。心室壁の厚さ・心室容積・収縮機能・弁の状態・血栓の有無を評価できます。HCMの診断基準は拡張末期の左室後壁または中隔の厚みが6mm以上(品種・体重補正が必要な場合も)とされています。
胸部X線検査
心臓の大きさ・形・肺の状態(肺水腫・胸水)を評価します。「バレンタイン型心臓」と呼ばれる特徴的な心臓拡大像が見られることがあります。肺水腫や胸水の評価に有用です。
バイオマーカー検査
血中NT-proBNP(心臓バイオマーカー)・トロポニンIは心筋障害・心不全の指標として有用です。スクリーニング検査として活用でき、高値の場合は心エコーによる精査が推奨されます。一般血液検査・電解質・腎機能検査も治療方針の決定に必要です。
猫の心臓病の治療薬|アテノロール・ジルチアゼム・フロセミド
猫の心臓病の治療薬は病態・ステージによって選択されます。2020年に発表されたACVIM(米国獣医内科学会)のコンセンサスガイドラインが治療の指針となっています。
主な治療薬
- アテノロール(ベータ遮断薬):心拍数を下げ、左室流出路閉塞を緩和する。動的閉塞(SAM)を伴うHCMで使用。
- ジルチアゼム(カルシウム拮抗薬):心拍数を下げ、心筋弛緩を改善する。
- フロセミド(ループ利尿薬):うっ血性心不全(肺水腫・胸水)の治療に必須。過剰投与による脱水・電解質異常に注意。
- スピロノラクトン(アルドステロン拮抗薬):フロセミドと併用してカリウムを保持しながら利尿効果を補助。
- クロピドグレル(抗血小板薬):血栓予防目的で左心房拡大例に使用。FATE(大動脈血栓塞栓症)の予防に重要。
- 低分子ヘパリン・ワルファリン:急性血栓塞栓症の治療に使用。
- ACE阻害薬・ARB:臨床的有用性の証拠はまだ限られているが、一部の症例で使用される。
治療薬の選択と用量は必ず担当獣医師の指示に従ってください。猫は薬の代謝が犬・人と異なり、種によって禁忌薬もあります。
猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)|後ろ足麻痺の緊急対応
FATE(Feline Aortic ThromboEmbolism)は猫のHCMに伴う最も重篤な合併症のひとつです。左心房内で形成された血栓が脱落し、大動脈の分岐部(腹部大動脈の分岐:「鞍状血栓」と呼ばれる)に詰まることで両後肢の虚血・麻痺が起こります。
症状と緊急度
- 突然の両後肢麻痺または片側後肢麻痺
- 強い疼痛(鳴き叫ぶ・呼吸が荒い)
- 後肢の冷感・チアノーゼ(爪が青紫色)
- 後肢の脈拍消失または微弱
FATEは救急疾患です。発見したらすぐに動物病院に電話し、指示に従って受診してください。
治療と予後
急性期治療は疼痛管理・循環サポート・抗血栓療法(低分子ヘパリン等)です。血栓溶解療法(tPA)は出血リスクが高く一般的ではありません。生存できた場合、後肢機能は約40〜50%の症例で回復します。ただし長期予後は不良で、生存中央値は約2ヶ月という報告もあります。予防にはクロピドグレルの継続使用が推奨されます。
心臓病の猫の食事管理|低ナトリウム・心臓サポートフード
心臓病の猫の食事管理は重要ですが、犬の心臓病食ほど厳格なナトリウム制限が必要かは議論があります。現在の推奨は以下のとおりです。
ナトリウム制限
うっ血性心不全が進行した段階では低ナトリウム食が推奨されます。しかし無症状〜軽症の段階での極端な塩分制限は食欲低下・タウリン欠乏のリスクがあるため、適度な制限にとどめることが多いです。塩分の多い人間の食べ物(加工食品・チーズ・ハムなど)は与えないようにしましょう。
タウリンと栄養バランス
猫はタウリンを体内で合成できないため、食事からの摂取が必須です。タウリン欠乏は拡張型心筋症の原因になります。市販のキャットフード(AAFCO基準適合品)であれば通常タウリンは充足していますが、手作り食や特定の魚・生肉中心の食事では不足するリスクがあります。
心臓サポートフード
心臓病用の処方食(ヒルズ プリスクリプション・ダイエット h/d 猫用、ロイヤルカナン 心臓サポートなど)は低ナトリウム・高タウリン・オメガ3脂肪酸(EPA/DHA)強化配合で、獣医師の指導のもとで使用します。食欲が低下している猫に無理に心臓食を与えることよりも、まず食べてもらうことを優先する場面もあります。
オメガ3脂肪酸(EPA/DHA)は抗炎症作用・心筋保護作用が期待されており、フィッシュオイルサプリメントの追加も検討できます(用量は獣医師に相談)。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 猫の心臓病はどうやって早期発見できますか?
定期的な動物病院での聴診(心雑音チェック)と年1〜2回の心エコー検査が最も有効です。自宅では安静時呼吸数を毎日計測することをお勧めします(30回/分以上が続く場合は受診)。HCM好発犬種(メインクーン・ラグドール等)は遺伝子検査も検討してください。
Q2. 猫の心臓病は完治しますか?
HCMなどの原発性心筋症は完治が難しく、生涯にわたる管理が必要です。しかし適切な治療と管理によって、無症状〜軽症期であれば数年以上にわたりQOLを維持できるケースも多くあります。タウリン欠乏性DCMはタウリン補充で改善することがあります。
Q3. 猫の大動脈血栓塞栓症(後ろ足麻痺)は回復しますか?
生存できた場合、約40〜50%の症例で後肢機能が回復します。入院管理・疼痛コントロール・理学療法が回復を助けます。ただし根本にある心臓病の管理が不十分だと再発リスクが高く、長期予後は不良なことが多いです。クロピドグレルによる血栓予防が重要です。
Q4. 猫の心臓病でも手術はできますか?
一部の先天性心臓病(動脈管開存症など)は外科手術・カテーテル治療が可能です。HCMは基本的に内科管理が中心で外科的治療の適応はほとんどありません。胸水が大量にたまった場合は胸腔穿刺(胸水を抜く処置)が必要になることがあります。
Q5. 猫の心臓病の治療費はどのくらいかかりますか?
心エコー検査は1回1〜3万円、投薬管理は月5,000〜2万円程度が目安です。急性期入院(肺水腫・FATE)では数日で5〜20万円かかることもあります。猫の心臓病に対応したペット保険への加入を検討することをおすすめします。