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【獣医師解説】犬のIBD(慢性腸炎)を完全解説|慢性下痢・嘔吐の原因から診断・治療・食事療法、膵炎/食物アレルギーとの違いまで

犬の炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory Bowel Disease)とは、明確な原因が特定できない慢性の腸炎の総称です 。

免疫機能の異常反応によって腸の粘膜に炎症細胞(リンパ球や形質細胞など)が集まり、腸に慢性的な炎症が起こっている状態を指します 。通常、2~3週間以上にわたって下痢や嘔吐などの消化器症状が続き、一般的な腸炎の治療では改善しないのが特徴です 。

IBDはかつて犬猫の長引く消化器症状の総称として使われてきましたが、近年では「慢性腸症(CE)」と呼ばれることもあり、その中でも免疫抑制剤に反応するタイプを特にIBD(免疫介在性または免疫抑制剤反応性腸症)と分類します 。

人の潰瘍性大腸炎やクローン病とは病態が異なり、犬のIBDには「リンパ球形質細胞性腸炎」が最も多く、他に好酸球性腸炎、肉芽腫性腸炎、組織球性潰瘍性大腸炎(※ボクサー犬の特異的な大腸炎)などの病理タイプに分類されます 。軽症でほとんど症状が出ない場合から、重症化して命に関わる場合まで様々で、完全に完治させることは難しいものの、適切な治療と管理によって症状を抑え犬のQOLを維持することは可能です 。

主な症状と特徴

IBDの代表的な症状は慢性の下痢です。下痢が断続的または連続的に3週間以上続き、食事を変えたり整腸剤を用いても改善しない場合はIBDが疑われます 。加えて嘔吐や食欲不振、体重減少、元気消失といった症状もよく見られます 。便の性状は、小腸性下痢(量が多く水様~軟便、黒っぽいタarry stoolになる場合も)や大腸性下痢(頻回で粘液便や血便を伴う)など様々で、炎症部位によって異なります。IBDでは小腸から大腸まで消化管のどの部分にも炎症が起こり得るため、吐き気(嘔吐)は胃や小腸の炎症で、血便や粘液便は大腸炎で起こることがあります。症状は軽度から重度まで幅があり、軽症では下痢とわずかな嘔吐程度ですが、重症例では栄養吸収障害により深刻な体重低下や衰弱が見られます 。

さらに重度のIBDでは「蛋白漏出性腸症(PLE)」を併発することがあります 。腸の炎症が進行して粘膜から血漿中のタンパク質(主にアルブミン)が漏れ出す状態で、低タンパク血症に陥ると腹水や胸水(お腹や胸に水が溜まる)を生じ、呼吸困難や腹部の膨満といった症状が現れることもあります 。実際、IBDの長期症例では低アルブミン血症がよく認められ、これは重症化のサインと言えます 。このようにIBDは犬にとって生活の質を大きく下げる厄介な疾患であり、症状が慢性的に続くため飼い主さんも大きな不安と労力を強いられる病気です。早期に発見し適切な治療を行うことで、深刻な合併症や栄養障害を防ぎ、犬の負担を軽減させることが重要になります。

なりやすい犬種・年齢傾向

IBDはあらゆる犬種で発生し得ますが、臨床的な印象では小型~中型犬に多い傾向が指摘されています 。具体的にはチワワ、ミニチュア・ダックスフント、トイ・プードル、キャバリア・キングチャールズ・スパニエル、フレンチ・ブルドッグ、ヨークシャー・テリアなどが比較的IBDにかかりやすい犬種として報告されています 。また、大型犬ではジャーマン・シェパードやボクサー、日本では珍しいですがバセンジーといった犬種で慢性腸炎が起きやすいとの報告があります 。年齢は中高齢(5~8歳以上)で発症する割合が高いとされますが、若年でも食物アレルギーなどに起因する腸炎を発症することがあります 。オス・メスによる発症リスクの差は特に認められていません 。こうした素因を持つ犬では、日頃から消化器の健康に注意し、長引く下痢・嘔吐を見逃さないことが大切です。

原因と発症のメカニズム

IBDの明確な原因は解明されていません 。現在のところ、複数の要因が複雑に絡み合って発症する多因子性疾患と考えられています 。有力な要因として挙げられるのは、免疫学的な異常反応(腸管の免疫システムが過剰に反応し自己の消化管を傷害する)、遺伝的素因(特定犬種に多いことから)、そして腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の乱れです 。腸内の「異物」とみなされたもの(腸内細菌やその代謝物、食物成分など)に対して粘膜免疫が過剰に反応し、炎症が慢性的に続くことで発症すると考えられます 。例えば腸内細菌の構成比を健康犬と比較すると、IBDや消化管型リンパ腫の犬では特定の細菌群(IBDではポルフィロモナス属やプレボテラ属、リンパ腫ではユーバクテリウム科など)が有意に増加しているとの報告があり、腸内フローラの異常がIBD発症に関与していることが示唆されています 。また食事(食物抗原)も大きな要因です。IBDの中には特定の食物成分に対する不耐性・アレルギーが背景にあり、適切な食事に変えるだけで症状が改善するケースもあります(これらは食事反応性腸症と呼ばれます) 。実際、慢性の下痢・嘔吐が続く犬のうち約半数以上がIBD(免疫介在性)、一部に食物アレルギーなどが原因のものも存在するとの報告があります 。その他、慢性感染症(寄生虫や難治性の細菌感染)、慢性膵炎や胆汁うっ滞など消化管以外の疾患の影響、長期の薬剤投与や環境ストレスなども消化管の炎症を誘発・悪化させる因子となりえます。

まとめると、IBDは「これが原因」という単一のものを特定しにくい疾患です 。そのため診断名も「特定できる他の疾患をすべて除外したうえで、なお腸に原因不明の炎症が持続している状態」と定義されています 。言い換えれば、感染症・寄生虫・腫瘍・膵炎・食物アレルギーなど考えうる原因をすべて調べ尽くしても説明がつかない慢性腸炎がIBDということになります。実際の診療でも、まずは寄生虫や食物アレルギー、感染症、膵炎、腫瘍などを疑い検査し 、それでも原因が特定できない場合に初めてIBDを強く疑うというプロセスになります。近年、この考え方に基づき犬の慢性腸炎は以下のように分類されています :

  • 食事反応性腸症(FRE): 食事内容の変更(低アレルゲン食や高消化性食への切替)によって症状が改善するタイプの慢性腸炎。食物不耐症・アレルギーが関与。
  • 抗菌薬反応性腸症(ARE): 抗生物質の投与で改善するタイプの腸炎。腸内細菌の異常増殖(小腸細菌増殖症など)が関与。
  • 免疫抑制剤反応性腸症(IRE): 食事療法や抗生剤では改善せず、ステロイドなど免疫抑制剤の投与で初めて症状が治まるタイプ。一般的にIBDと言う場合はこのIREを指します。
  • 治療抵抗性腸症(NRE): あらゆる治療に反応せず症状がコントロールできない難治性の腸炎。低悪性度の腸のリンパ腫(腫瘍)などが潜んでいる可能性も。

IBDは以上のうちIREに該当する慢性腸症であり、その背景には免疫系の異常が深く関与していると考えられています 。ただし、実際にはFREやAREとIREが重複しているケース(例えば食事管理+ステロイド療法の両方が必要)が多く、治療も総合的アプローチになることが一般的です。

検査と診断方法

IBDの診断には時間と段階を踏んだアプローチが必要です 。前述のようにIBDは除外診断が重要な疾患ですので、まずは他の原因を探るための検査が一通り行われます。典型的な流れは以下の通りです。

  • 糞便検査: 寄生虫卵の有無や消化状態を確認します。寄生虫(回虫や鞭虫、コクシジウム、ジアルジアなど)感染や、消化不良による下痢でないかをチェックします。必要に応じ駆虫薬を投与し経過観察します。
  • 血液検査: 全身状態の把握と他疾患の除外を目的に行います 。例えば膵炎が疑われる場合、特異的膵リパーゼ検査(cPLI/fPLI)で膵炎マーカー値を測定します。慢性腸炎では血液検査だけで特異的な所見は出にくいですが、進行したIBDでは低アルブミン血症(低タンパク)や貧血が見られることがあります 。また炎症マーカー(CRP)が高値を示す場合もあります。
  • X線・超音波検査(画像検査): 腸内の腫瘍や異物の有無、腸管の肥厚状態、リンパ節の腫大、腹水の有無などを調べます  。画像検査だけでIBDを確定することは困難ですが、重度IBDでは腹水や腸間膜リンパ節の腫大が映ることがあります 。リンパ節が著しく腫れている場合は消化管型リンパ腫(腸の腫瘍)も疑われます 。
  • 食事療法・抗生剤投与のトライアル: 上記までで明確な原因が特定できない場合、慢性腸症(CE)の鑑別のためにまず食事療法と抗生物質の投与を試みます 。具体的には低脂肪の除去食(アレルギー対応食)への切り替えや、メトロニダゾール等の抗菌剤投与を行い、それで症状が改善するか確認します。これによってFRE(食事反応性)またはARE(抗菌薬反応性)であれば症状は落ち着くため、そのままその原因に応じた治療を継続します 。逆にこうした初期治療に反応しない場合、IBD(免疫介在性)が強く示唆されます 。
  • 内視鏡検査+生検: 慢性下痢の原因が特定できず初期治療にも反応が乏しい場合、消化管内視鏡による精査を行います  。全身麻酔下で胃や小腸・大腸に内視鏡カメラを挿入し、各部位の粘膜組織を少量ずつ採取して病理組織検査(生検)を行います 。これにより腸粘膜に炎症細胞の浸潤が確認され、他に原因となりうる疾患が除外されればIBDと診断されます 。犬のIBDでは病理検査でリンパ球形質細胞性腸炎という所見名がつくことがほとんどですが 、一部で好酸球性や肉芽腫性の炎症パターンが見られることもあります。また、低悪性度の消化管リンパ腫との鑑別が難しい場合もあり、その際は免疫染色やPCRによるクローン性解析で腫瘍細胞の有無を判定します 。

以上のように診断までには段階を踏みますが、現実的には内視鏡検査をせずに「おそらくIBDだろう」と仮診断で治療開始となるケースも少なくありません 。飼い主さんの経済的事情や犬の体力面の考慮で侵襲的検査を避ける場合、総合的判断でIBDを疑い治療に入ることもあります。その場合、本来は「確定診断ではなく仮診断である」ことを説明した上で治療を行い、治療反応を見ることで診断の精度を高めていきます 。いずれにせよ、正式には内視鏡+生検による病理検査がIBD確定のための必須検査であり 、可能であれば専門施設で検査を受けることが望ましいでしょう。内視鏡検査自体の動物への負担は麻酔下で行うため小さく、開腹手術に比べ安全で回復も早い検査です 。検査費用は施設にもよりますが数十万円程度と高額になるため、ペット保険の活用も検討してください。

治療

IBDの治療目標は、腸の炎症を抑えて下痢・嘔吐などの症状を緩和し、犬の栄養状態と生活の質を改善することです。

残念ながらIBDそのものを完治させる治療法は確立されていません 。したがって治療は寛解(症状が出ていない落ち着いた状態)をいかに維持するか、再燃をいかに防ぐかがポイントになります。治療の柱は大きく分けて「食事療法」と「薬物療法」で、必要に応じてサプリメント(栄養補助)を組み合わせます 。基本的には食事療法を中心に、状態に応じてステロイドなど薬を併用していく形になります 。具体的な治療内容を、以下で順に解説します。

食事療法(食事の見直し)

IBD管理において最も重要と言っても過言ではないのが「食事療法」です 。慢性の下痢・嘔吐を呈する犬では、まず食事内容の見直しが治療の第一歩になります。ポイントは以下の通りです。

  • 高消化性で低脂肪の食事に切り替える: 腸への負担を減らすため、消化しやすい原料で作られた療法食(処方食)を与えます。特に脂肪分は可能な限り制限します 。脂肪は消化に時間がかかり、腸の炎症やリンパ管の負担を増やすためです。市販の療法食ではローファット(低脂肪)タイプのフードがIBDやリンパ管拡張症に用いられます 。具体的な商品例として、ヒルズのi/dローファット、ロイヤルカナンの消化器サポート低脂肪、ネスレ(ピュリナ)の消化器ケアなどが挙げられ、いずれも脂肪分を抑え腸に優しく調整されたフードです 。
  • 食物アレルギーへの配慮(低アレルゲン食の利用): IBDの一部では食物中の特定タンパク質に対する過敏反応が疑われるため、原因になりやすい食材(牛・鶏・乳製品・小麦など)を含まない食事に変更します。具体的には新奇たん白食(今まで食べたことのないタンパク源を使ったフード)や加水分解たん白食(タンパク質をあらかじめ細かく分解してアレルギー反応を起こしにくくしたフード)を用います  。これにより、もし食物アレルギーが関与していれば症状が改善し、免疫介在性のIBDとの鑑別にもなります。事実、原因が食物アレルギーで軽症の場合、療法食への変更だけで症状管理できるケースもあります 。したがってIBD治療ではまず食事のみでどこまで改善するかを見ることが推奨されます。
  • 食事回数・与え方: 一度に大量の食事を与えると腸への負担が大きいため、1日3~4回の少量頻回給餌が望ましいです。特に嘔吐がある場合は一度の食事量を減らし、ゆっくり時間をかけて食べさせます。消化管の粘膜保護のため、ぬるま湯でふやかす・電子レンジで人肌程度に温めるなどの工夫も有効です。食欲が低下している場合は、強制給餌用の高栄養流動食(ロイヤルカナンの**消化器サポート(リキッド)**など)をシリンジで少しずつ与えることも検討します 。無理な場合は入院の上で経鼻チューブや食道チューブからの給餌を行うこともあります。
  • 手作り食への是非: 療法食の嗜好性が低く食べてくれない犬や、特定の食材に徹底的に配慮したい場合、手作り食を選択する飼い主さんもいます。手作り食の利点は、原材料を厳選して何が犬に合うか把握しやすい点です 。市販フードでは多種多様な素材が含まれるため、どの成分に反応しているか分かりにくいですが、手作りでシンプルな材料に絞れば犬にとって問題のない食材を見極めやすくなります 。一方で難点は栄養バランスを整えるのが難しいことです。犬に必要なビタミン・ミネラルを不足なく含むレシピを作るには専門知識が要りますし、IBDの犬では脂肪制限やアレルゲン除去など制約も多いため、自己流では偏りがちです 。そのため手作り食を実施する際は必ず獣医師と相談し、必要に応じて栄養補助サプリやレシピ指導を受けることをお勧めします。適切に管理された手作り食で劇的に体調が改善する犬もいますが 、「手作り=必ず良い」わけではありません。療法食も含めてその子に合った食事を見つけることが重要です。

薬物療法(免疫抑制剤・対症療法)

食事管理だけでは十分に症状コントロールできない場合、薬による治療を併用します。IBD治療に用いられる代表的な薬剤は次のとおりです 。

  • 副腎皮質ステロイド: プレドニゾロンなどのステロイド剤は抗炎症作用と免疫抑制作用を併せ持ち、IBD治療の第一選択薬です 。通常、初期には比較的高用量(1日に2mg/kg程度)のプレドニゾロンを投与し、下痢や嘔吐など症状を素早く抑えます 。その後、症状の改善に応じて徐々に減量していきます(急に止めるとリバウンドや副作用があるため、数ヶ月かけて少しずつ量を減らします)。ステロイドで多飲多尿・多食、肝数値上昇などの副作用が強く出る場合は、より局所作用の強いブデソニド(ステロイドの一種で消化管で主に作用し全身副作用が少ない)を用いることもあります。
  • 免疫調整剤・免疫抑制剤: ステロイドだけで効果不十分な場合や、ステロイド長期連用を避けたい場合には、シクロスポリン(免疫抑制剤)やアザチオプリンなどの免疫調整薬を併用することがあります 。シクロスポリン(商品名アトピカなど)はTリンパ球の働きを抑え炎症を鎮めます。これらをステロイドと組み合わせることで相乗効果が得られ、ステロイド量を減らすことができます。
  • 5-アミノサリチル酸製剤(5-ASA): ヒトの潰瘍性大腸炎で使われるメサラジン(サラゾピリン等)を犬のIBDに応用する場合があります 。特に大腸炎が主体のIBDでは有効とされ、ステロイドと併用して抗炎症効果を高めます 。
  • 抗生物質: メトロニダゾール(商品名フラジール)やタイロシンといった抗菌薬も治療に使われます 。これらには腸内細菌の異常増殖を抑える効果に加え、免疫調節作用や整腸作用もあります。IBDではしばしば腸内環境が乱れているため、二次的な細菌バランス改善や小腸菌増殖症の是正目的で抗生剤を併用することがあります 。抗生剤はARE(抗菌薬反応性腸症)の要素がある症例では特に有効で、下痢が改善することがあります。
  • 整腸剤・プロバイオティクス: 腸内環境を整える薬として、乳酸菌製剤や酵母菌製剤などプロバイオティクスも利用されます 。近年の研究では、健康な犬に比べIBDや消化管型リンパ腫の犬では腸内細菌叢が大きく乱れていること、またIBDの犬にプロバイオティクスを与えると腸粘膜のタイトジャンクション(上皮細胞同士の接着構造)を強化するタンパク質の発現が増加することなどが報告され、腸内フローラの正常化がIBD管理に有用と考えられています  。そのため獣医師はIBD患者に対し、乳酸菌やビフィズス菌などが含まれた整腸サプリメントの投与を勧めることがあります。プロバイオティクスは副作用がほぼなく、他の治療と併用しやすいメリットがあります。
  • ビタミン・ミネラル補給: 慢性の消化不良により**ビタミンB12(コバラミン)**などが欠乏している場合、定期的なビタミンB12の補給(皮下または筋肉注射)が行われます。B12は小腸から吸収されますが、IBDで吸収障害が起きると慢性的な低コバラミン血症となり食欲不振や下痢を悪化させるため、補充が必要です。また低アルブミン血症が重度の場合は、血漿やアルブミン製剤の点滴でタンパク補給を行うこともあります。電解質異常があれば補正し、貧血がひどければ鉄剤や造血剤を用いる場合もあります。
  • 対症療法: 下痢がひどい時には下痢止め(ロペラミドなど)を、一時的な嘔吐には制吐剤(セレニアなど)を使用して症状緩和を図ります。ただしIBDにおける下痢や嘔吐は根本的には炎症によるものなので、対症療法薬は補助的な位置づけです。痛みが疑われる場合(腹部を触ると痛がる、元気消失が顕著など)は鎮痛剤を検討します(ただしNSAIDs系鎮痛薬は消化管障害を悪化させる恐れがあるため慎重に判断)。

治療の進め方は、まず食事療法を開始し、必要に応じてステロイドを主体とした薬物療法を導入します 。一般的にはステロイドで寛解導入(症状を抑える)しつつ、食事管理や整腸剤でサポートし、安定してきたらステロイドを漸減します。ステロイド減量中に症状がぶり返すようであれば免疫抑制剤を追加し、長期的な維持療法に移行します。多くの症例で治療開始後は数週間以内に症状改善が見られますが、完全に薬を中止できるケースは少ないです 。寛解を維持するために低用量の薬を生涯にわたって継続投与する必要がある場合も多く、その間は定期的に血液検査を行い副作用のチェックを行います 。特にステロイドの長期使用は副作用(多飲多尿、肝臓への影響、感染症リスク増大など)に注意が必要なので、獣医師の指示のもと最適な量を見極めていきます。

サプリメント・代替療法

IBD管理では、必要に応じて栄養補助サプリメントや新しい治療法を取り入れることもあります。

  • オメガ3脂肪酸: 魚油に含まれるEPA/DHAなどのオメガ3脂肪酸には抗炎症作用があり、IBDの炎症軽減に役立つ可能性があります。市販のサーモンオイルやフィッシュオイルのサプリメントを食事に添加したり、療法食でもオメガ3強化のものが使われます。
  • 可溶性食物繊維: サイリウム(オオバコ)やビートパルプなどの可溶性繊維は腸内で善玉菌のエサとなり、腸粘膜を保護する短鎖脂肪酸を産生します。下痢の改善や便の正常化に効果があるため、整腸を目的に繊維質を適量加えることがあります。ただし繊維の種類や量によっては逆効果の場合もあるため、獣医師の指示に従います。
  • 漢方・ハーブ療法: 科学的エビデンスは限定的ですが、腸の炎症を抑える効果が期待できるハーブ(グルタミン、スリッパリーエルム樹皮、ウコン=クルクミンなど)や漢方薬を補助的に用いる獣医師もいます。あくまで補助療法であり、通常治療の代替として用いるものではありません。
  • 幹細胞療法(再生医療): 最先端の治療として、自己脂肪由来幹細胞を点滴で投与し腸の炎症を鎮める再生医療が試みられています 。幹細胞は免疫の暴走を抑え、損傷組織の修復を促す作用があり、従来治療で効果が乏しい重症IBDの犬に有望な治療法として注目されています 。実際に幹細胞治療を導入している専門病院もあり、報告では難治例での炎症抑制や症状改善が見られているようです 。ただしまだ特殊な治療であり費用も高額で、全ての症例に確立した効果があるとは言えません。現時点では通常の食事・薬物療法で制御困難な場合のオプションとして検討されます。

予後と今後の管理

IBDは慢性かつ再発しやすい疾患であり、完治させることは難しいのが現状です 。しかし適切な治療を行えば多くの場合で症状をコントロールし、愛犬が普段と変わらない生活を送れる程度まで寛解状態を維持することは十分可能です 。実際、治療に反応を示す子では下痢や嘔吐が止まり体重が安定し、元気と食欲も戻ってくるでしょう。飼い主さんにとって大切なのは、長期的視野で愛犬の消化器と付き合っていく心構えです。再発を防ぐために、以下のような管理・注意点を心掛けてください。

  • 食事管理の徹底: 療法食や指示された食事を継続し、勝手に市販食に戻したり、おやつ・残り物を与えたりしないようにします。せっかく寛解していても不適切な食べ物で悪化する例は少なくありません。特に脂肪分の多い食品(揚げ物、肉の脂身、乳製品など)は厳禁です。おやつをあげたい場合は獣医師に相談し、許可された範囲内のものを与えましょう。
  • 薬の投与と定期チェック: 指示された薬は決められた用法用量で投与を続けてください。自己判断で中止したり量を減らしたりすると再燃する恐れがあります。定期的に動物病院で経過を報告し、血液検査や便検査で状態をチェックしてもらいましょう。特にステロイド長期使用中は副作用管理のため血液検査(肝臓の数値や血糖値など)を数ヶ月おきに確認することが推奨されます。
  • 体重・体調モニタリング: 自宅では愛犬の体重を定期的に測定し、減少傾向がないかチェックします。また便の状態(日誌を付けると良い)や食欲・元気の有無にも日々注意を払い、少しでも悪化の兆候(軟便が続く、嘔吐が増える、食べる量が落ちる等)があれば早めに受診しましょう。「しばらく様子を見る」うちに重症化してしまうこともあるので、違和感を覚えたら早期相談が鉄則です 。
  • ストレス管理: ストレスは消化管運動や免疫系に影響を与え、IBDを悪化させる要因になりえます。環境の変化や過度な運動、長時間の留守番など、犬にとって大きなストレスになることは可能な範囲で避けましょう。十分な休養と安定した生活リズムを保つことも、腸の健康維持に役立ちます。

IBDの長期予後は症例により様々です。適切な治療でほぼ通常の寿命を全うできる犬もいれば、治療に抵抗性で数年以内に腸症状の悪化や合併症により亡くなるケースもあります 。特に低アルブミン血症を伴う重度症例では命に関わるリスクが高く、集中治療が必要です。概ね、治療に反応を示すかどうかが予後の分かれ目と言えます。反応良好な場合はそのまま維持療法を継続しつつ定期チェックを行い、できるだけ薬の量を減らしながら安定を図ります。一方、治療反応が悪い場合は前述の幹細胞療法など新たな手段を検討したり、専門医に紹介してもらうことも視野に入れましょう。飼い主さん自身も情報収集を行い、担当獣医師と相談しながら最善のケアを模索してください。幸い近年は研究が進み、IBD管理の選択肢も広がりつつあります。「完治しないからお手上げ」ではなく、完治しなくとも上手に付き合っていくという前向きな姿勢で、愛犬のケアに取り組んでいただければと思います。

他の病気(膵炎・リンパ管拡張症・食物アレルギー)との違い

下痢や嘔吐が続く場合、IBD以外にもさまざまな消化器疾患の可能性があります。特に膵炎、腸リンパ管拡張症、食物アレルギーはIBDと症状が一部似ており、鑑別が必要な病気です。それぞれの違いを押さえておきましょう。

  • 膵炎(すい炎)との違い: 膵炎は膵臓(すい臓)に炎症が起こる病気で、高脂肪食の摂取や肥満、特定の薬剤などが誘因となり急性発症することが多いです。主な症状は激しい嘔吐、食欲不振、腹痛、脱水で、重症では虚脱やショックを引き起こす場合もあります。IBDのように慢性的に下痢が続くケースは膵炎では稀で、症状はむしろ急激かつ重度です。ただし一部に慢性膵炎といって嘔吐や軟便を断続的に繰り返すタイプもあり、IBDとの併発が指摘されることもあります(猫では膵炎・胆管炎・腸炎が同時に起こる“三臓器炎”が有名ですが、犬でも複数併発する可能性があります)。鑑別点としては、膵炎では血液中の膵酵素(リパーゼ)の特異的検査で高値が出ること、超音波検査で膵臓の腫大や周囲の炎症所見が見られることなどがあります。治療もIBDとは異なり、膵炎では絞り込み絶食や補液、鎮痛剤による集中的治療が必要です。さらに脂肪制限はIBD以上に厳格に行い、絶対安静にして膵臓を休めます。総じて、膵炎は急性で痛みが強い疾患、IBDは慢性で主に腸の疾患と覚えると良いでしょう。
  • 腸リンパ管拡張症との違い: 腸リンパ管拡張症(Intestinal Lymphangiectasia, IL)は、小腸粘膜にあるリンパ管が拡張・破綻し、リンパ液が腸管内に漏れ出ることで栄養吸収不良とタンパク質漏出を起こす病気です  。慢性的な下痢や体重減少に加え、血液中のタンパクが低下するため浮腫(足にむくみ)や腹水・胸水が顕著になるのが特徴です 。リンパ管拡張症はヨークシャー・テリアやマルチーズなど一部犬種で好発し、遺伝的素因が示唆されています 。IBDとの関連も深く、リンパ管拡張症の犬では高頻度にIBD(リンパ球形質細胞性腸炎)の併発がみられます 。実際、腸の生検をするとリンパ管拡張と炎症細胞浸潤が同時に起きているケースが多いため、両者をまとめて**「蛋白漏出性腸症(PLE)」として扱うこともあります 。鑑別点として、リンパ管拡張症では血液検査でアルブミンやコレステロールの著しい低下が見られる点、超音波検査で小腸粘膜に白色斑点(乳糜の貯留像)が見えることなどがあります。治療はIBDに準じますが、特に極限まで脂肪分をカットした食事(超低脂肪食)が極めて重要です 。脂肪を制限することでリンパ液の産生を抑え、漏れ出るタンパク質を減らします。また重度の場合は利尿剤で胸水・腹水を軽減したり、血栓予防の薬を用いることもあります。IBDとリンパ管拡張症はしばしばセットで発生し、その場合は食事療法+ステロイド療法の両輪で管理します 。リンパ管拡張症単独であれば食事管理のみで落ち着くケースもありますが、一般にはIBDと同様またはそれ以上に根気強い治療・管理が必要**な疾患です。
  • 食物アレルギー(食物不耐性)との違い: 特定の食材に対する免疫反応により消化管炎症や皮膚症状を起こすのが食物アレルギーです。IBDとの関係は前述の通り密接で、食物アレルギーがIBDの誘因となっている場合(FRE)は少なくありません。ただ厳密に言えば、純粋な食物アレルギー性の腸炎は、原因食材を除去すれば完治しうる点でIBDと異なります。食物アレルギーの症状は慢性の下痢・嘔吐に加え皮膚のかゆみや炎症を伴うことが多いです(約半数の犬で皮膚症状も認めます)。IBDとの鑑別には食事除去試験が有効で、例えば低アレルゲン食を8~12週間与えて症状が消失し、再度元の食事に戻すと再発するという流れが確認できれば食物アレルギーと診断されます。治療は原因となる食材を含まない食事を続けるだけで基本的にはOKで、IBDのように免疫抑制剤を長期使用する必要は通常ありません 。ただし現実問題として、最初から食物アレルギーとIBDを完全に見分けるのは難しいため、IBDが疑われる場合でもまず除去食療法を試すのが一般的です 。除去食で症状が劇的に改善すれば食物アレルギー寄与が強いと判断でき、その後は食事管理中心の対応になります。一方、除去食でも不十分ならIBD(免疫異常が主体)と考えて薬物療法を追加します。いずれにせよ両者の鑑別は治療法の選択に直結する重要事項であり、担当獣医師の指導のもと根気強く見極めることが必要です。

以上のように、膵炎・リンパ管拡張症・食物アレルギーはいずれもIBDと症状が重なる部分がありますが、原因や治療アプローチが異なる別の病態です。逆に言えば、犬の慢性下痢ではこれらを含めた多くの疾患を視野に入れて診断を進める必要があります。特にリンパ管拡張症はIBDとしばしば同時に起こるため、IBD管理=リンパ管拡張症管理と考えて低脂肪食やアルブミン値のチェックを徹底することが重要です 。消化器症状が長引く場合は自己判断せず、必ず獣医師に相談して適切な検査を受けるようにしましょう。

まとめ:チェックリスト & よくあるQ&A

● IBDかも?症状セルフチェック(※一つでも当てはまれば注意)

  • 長期間(2~3週間以上)下痢が続いている(一時的によくなっても何度も再発する)
  • 月に何度も嘔吐する(吐き出す物はフードや胃液、場合により胆汁や血が混じることも)
  • 食欲にむらがあり痩せてきた(以前より明らかに体重が減った、肋骨や背骨が触れる)
  • お腹がゴロゴロ鳴る・ガスが多い(腸内環境が乱れているサイン)
  • 便に粘液や血が混じる(ゼリー状の粘液便、小豆色~赤色の血便が出る)
  • お腹が痛そう(背中を丸めて伏せる、触ると嫌がる)や腹部が張っている

これらの症状が見られたら、早めに動物病院を受診し詳しい検査を受けましょう 。特に子犬やシニア犬では体力低下が早いので注意が必要です。

● 飼い主のよくある質問(Q&A)

Q1. 犬のIBDは治りますか?寿命に影響しますか?

A: 完全に元通りに「治す」ことは難しいですが、適切な治療と管理で症状を抑え込み、普通に生活できる状態を維持できます 。IBD自体は慢性的に炎症が続く体質のようなものなので、治療も長期戦になります。ただし悲観する必要はありません。多くのIBDのワンちゃんが、食事とお薬で下痢や嘔吐をコントロールしほぼ通常と変わらない生活を送っています。寿命も、上手に管理できれば大きく短くなるとは限りません。実際にシニアになるまで安定して過ごせた例もあります。一方、治療に反応しづらい重症例では栄養障害などから命に関わる合併症(低タンパク血症による胸水・腹水など)が生じることもあります 。そうならないためにも、早期発見・早期治療で軽いうちにコントロールすることが重要です 。完治しない病気ではありますが、「寛解状態」を目指して根気強く治療を続ければ犬も穏やかに過ごせます。獣医師と二人三脚で管理していきましょう。

Q2. IBDの治療中、どんな食事を与けば良いですか?

A: 獣医師から指示された処方食(療法食)を与えるのが基本です。具体的には前述のとおり高消化性・低脂肪でアレルゲンの少ない食事が推奨されます 。市販の療法食はそれらを満たすよう設計されていますので、まずは獣医師と相談して適切なフードを選んでください。療法食にはドライだけでなく缶詰タイプや液状タイプもあります。食欲が落ちている子には嗜好性の高いウェットフードを温めて与える、どうしても食べない場合は強制給餌用の流動食をシリンジで与える、といった方法も取られます 。手作り食を検討する場合は、先述のようにプロの指導のもとで栄養バランスと低脂肪・除去食を両立する必要があります。独断での手作りはリスクが高いので注意してください。なお、水分摂取も大切です。嘔吐や下痢で脱水しがちなので、新鮮な水をいつでも飲めるようにし、水分補給もこまめに促しましょう。スープ状のフードや薄めた電解質飲料(犬用ポカリなど)を与えるのも有効です。

Q3. IBDの愛犬と日常生活で気を付けるべきことは?

A: 上述した食事管理の徹底(決められたフード以外は与えない)は最重要です。加えてストレスケアも意識しましょう。過度な運動や暑さ寒さにさらすことは避け、安静に過ごせる環境を整えてください。特に発症直後~治療初期は腸を休めるため運動は控えめにし、散歩も短時間に留めます。投薬は時間と用量を守って継続し、飲み忘れのないようにしましょう。調子が良くなっても自己判断で薬を止めないことが大切です 。また定期健診を怠らないでください。血液検査で栄養状態や副作用チェック、便検査で寄生虫の再感染確認など、獣医師が必要と判断した検査は適宜受けましょう。日頃から便の観察も欠かさずに。下痢がぶり返していないか、便色に異常(黒っぽいタarry便や鮮血)がないか確認し、少しでもおかしければ受診してください。「いつもの下痢だから」と放置せず、IBDの犬は早め早めの対処が肝心です 。最後に、飼い主さん自身も無理しすぎないようにしてください。看護のストレスが飼い主に溜まると、その緊張は犬にも伝わります。悩みは主治医に相談し、必要ならペットシッターや家族の協力も仰ぎつつ、長期戦を乗り切る工夫をしていきましょう。愛情を持ってケアを続ければ、きっと愛犬もそれに応えてくれるはずです。

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院長

院長

国公立獣医大学卒業→→都内1.5次診療へ勤務→動物病院の院長。臨床10年目の獣医師。 犬と猫の予防医療〜高度医療まで日々様々な診察を行っている。

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