猫のてんかん発作とは
猫のてんかん発作(癲癇発作)とは、脳の神経細胞が異常な電気信号を発することで起こる発作症状のことです。
急に意識を失ったり手足がけいれんしたりといった症状が現れ、飼い主さんにとって突然の出来事に大きな不安を感じるでしょう。犬では約100頭に1頭がてんかんを発症するとされていますが、猫では100頭に1頭以下(約0.3〜1.0%)と比較的まれです。しかしまれとはいえ猫にもてんかん発作は起こり得ます。本記事では、獣医師の視点から猫のてんかん発作について原因や症状、対処法や治療法、日常ケアまで詳しく解説します。初心者の飼い主さんにもベテランの方にも分かりやすく、いざという時に落ち着いて対応できる知識をお届けします。
猫のてんかん発作の原因
猫のてんかん発作の原因は大きく分けて一次性(特発性)と二次性(症候性)の2種類があります。一次性(特発性)とは、脳に検査で分かるような異常がないにもかかわらず発作を起こす場合で、原因ははっきり特定できません。遺伝的素因が示唆されていますが明確には分かっておらず、いわゆる原因不明のてんかんです。一方、二次性(症候性)てんかんは脳の病変や全身の異常に起因する発作で、明確な誘因があります。猫の場合、犬に比べこの症候性てんかんが占める割合が多いとされます。主な原因の例を以下に挙げます。
- 脳内の疾患(頭蓋内要因):脳腫瘍、脳炎などの炎症、髄膜炎、先天的な脳の奇形、過去の頭部外傷、脳卒中(脳梗塞・出血)など脳に構造的な異常がある場合です。脳内の問題による発作は「構造的てんかん(症候性てんかん)」とも呼ばれ、原因疾患の治療が発作治療につながります。例えば脳腫瘍であれば外科手術で腫瘍を除去することで発作がおさまる可能性があります。しかし、猫のてんかん発作の多くは完全には原因を特定できず、根治は難しいのが現状です。
- 脳外の疾患(全身性要因):中毒(殺虫剤や重金属、植物などの誤食)、糖尿病に伴う低血糖発作、肝臓や腎臓の機能不全による代謝性異常、重度の電解質異常(低カルシウム血症など)といった全身の異常で二次的に脳の電気信号が乱れて発作を起こす場合です。このように体内環境の異常によって起こる発作は「反応性てんかん発作」とも呼ばれます。原因となる疾患を治療・管理することで発作が改善する可能性があります。
- 遺伝的素因(特発性てんかん):特定の猫種での遺伝的要因も研究されています。犬では遺伝性の特発性てんかんが比較的多いのに対し、猫では遺伝が関与するケースは少ないと考えられています。それでも若年齢(一般的に発症年齢は生後6ヶ月〜5歳程度)の猫で検査上異常が見られず発作を繰り返す場合、遺伝的な特発性てんかんと診断されることがあります。
- その他の誘因:高齢猫では脳腫瘍以外にも高血圧症による脳出血や臓器不全による毒素蓄積が発作の引き金になることがあります。また、猫伝染性腹膜炎(FIP)やトキソプラズマ症、猫白血病ウイルス(FeLV)、猫免疫不全ウイルス(FIV)、真菌感染(クリプトコッカス症)など感染症が中枢神経に影響して発作を起こすケースも報告されています。ごく稀に、強いストレスや光刺激が発作閾値(いきち)を下げる誘因となることもあります。
▶獣医師からのポイント:猫のてんかん発作では、まず脳の病変や全身の病気がないか精密検査で調べます。MRIや血液検査などで原因が確認できればその治療を優先し、特に問題が見当たらない場合に特発性てんかんと判断します。原因によって治療方針が変わるため、発作が起きたら必ず動物病院で検査を受けましょう。
猫のてんかん発作の主な症状と種類
猫のてんかん発作は症状の現れ方によって大きく**「全般発作」と「部分発作(焦点発作)」の2種類に分類されます。いずれの場合も、発作の前後には特徴的な様子が見られることがあります。ここでは発作の前兆、発作中、発作後**それぞれの段階について、主な症状や猫の様子を解説します。
発作の前兆(前兆期)
発作が起こる直前、猫に何らかの前兆症状が現れることがあります。この段階ではまだ明らかなけいれんは起きていませんが、飼い主さんが注意深く観察すれば「いつもと違う様子」に気付ける場合があります。前兆として報告される行動には例えば次のようなものがあります。
- 落ち着きがなくソワソワする、不安そうに鳴く
- 飼い主さんに異常に甘えてくる、あるいは隠れて出てこない
- 周囲の匂いを執拗に嗅いだり、じっと一点を見つめて反応しない
- 頭を振る、顔をしかめる、落ち着かない歩き回りなど軽い発作のような動き
こうした前兆は数秒〜数分前から見られることが多いですが、ごく短かったり分かりづらい場合もあります。愛猫に特有の前兆行動を把握しておくと、次の発作に備えて心構えができるでしょう。
全般発作(強直間代発作)
全般発作は脳全体で異常な電気活動が起こり、身体の全身に症状が現れるタイプの発作です。最も分かりやすく典型的なてんかん発作で、以下のような症状が同時に起こります。
- 意識消失:突然倒れたり硬直し、呼びかけに反応しなくなります。意識が朦朧とし、瞳孔が開いたまま反応がない状態になります。
- けいれん(痙攣):全身の筋肉が収縮と弛緩を繰り返し、ガクガクと激しく震えます。手足を突っ張るように伸ばし硬直した後、犬かきのようにバタバタと動かす強直間代けいれんが典型的です。
- 自律神経症状:よだれを大量に流したり泡を吹く、粗相(尿や便を漏らす)といった症状が現れることがあります。口をくちゃくちゃと無意識に動かし歯を鳴らす(咀嚼運動)様子も見られます。
発作の継続時間は一般的に30秒〜2分程度が多く、長くても数分以内に自然に治まります。この間、飼い主さんから見ると猫が大きく痙攣し命の危険さえ感じる光景ですが、通常はやがて落ち着いていきます。5分以上発作が続く場合や、短い発作を繰り返して意識が回復しない場合(てんかん重積状態)は非常に危険で、直ちに緊急治療が必要です。
部分発作(焦点発作)
部分発作は脳の一部で異常が起こり、身体の限られた部位に症状が現れるタイプの発作です。全身性の発作に比べると症状が局所的で、一見すると発作と気づかれない場合もあります。主な症状の例は次のとおりです。
- 顔やまぶたのピクピクとした局所的なけいれん
- よだれがダラダラと垂れ流れる(全般発作ほど激しくはない)
- 首や体の一部だけが傾く、硬直するなど不自然な姿勢
- 珍しい鳴き声で鳴き続ける、宙を追うような仕草をする等の異常行動
部分発作では意識がはっきりしている場合もあり、猫自身が歩き回ったり逃げようとすることもあります。また症状が数秒で終わることも多いため、飼い主さんが見落としているケースも少なくありません。「何か様子がおかしいけれど痙攣していない」というときは、このような軽い部分発作の可能性も頭に入れておきましょう。なお部分発作が進行して脳全体に広がると、最終的に全般発作に移行することもあります(二次性全般化発作)。
発作直後の様子(回復期)
発作が収まった後、猫には「発作後症候群」とも呼ばれる一時的な異常状態が現れることがあります。激しい脳の興奮の反動でぼんやりした状態が続き、以下のような様子が数分〜数時間見られます。
- しばらく立てずに横たわったまま、呼吸が荒くなる
- よろよろと歩き回るが、壁にぶつかったりふらつく(運動失調)
- 飼い主の呼びかけに対する反応が鈍く、ぼーっと見つめる
- 食欲が亢進し、急に餌を欲しがる、水を大量に飲む
発作後は脳が疲弊しているため、多くの猫は深い眠りにつきます。数時間休むと脳の状態が落ち着き、普段の意識レベルや行動に戻ります。長引く発作後症状や、麻痺・失明などの神経後遺症が残る場合は重度の発作が疑われますので、念のため早めに獣医師に相談してください。
▶症状チェックリスト:次のような症状が見られた場合、てんかん発作の可能性があります。頻度や程度に関わらず、初めて確認した場合は早めに動物病院で相談しましょう。
- 意識が急に薄れたり失神する(倒れて反応がない)
- 体の一部がピクピクと痙攣している、硬直している
- 何もない空中を見つめる・追いかける様子がある
- 口から泡を吹いている、よだれを垂らしている
- 失禁(おしっこや便を漏らす)しながら倒れた
- 手足を漕ぐようにバタつかせてもがいている
- 普段と違う奇妙な鳴き声を出している
発作が起きた時の適切な対応方法と注意点
愛猫が目の前で発作を起こし始めたら、飼い主さんは驚き慌ててしまうことでしょう。しかし発作中は飼い主さんもできるだけ落ち着き、猫にあまり干渉しないことが大切です。ここでは発作の最中から発作直後にかけての適切な対処方法と注意すべきポイントを解説します。
- 安全確保:まず発作が始まったら、猫が高い所から落ちたり硬直してケガをしないよう周囲の安全を確保します。発作中に無理に抱き上げるのは双方が負傷する恐れがあるため避け、猫の近くから危険な物(硬い家具や尖った物、倒れやすい物)は素早くどかしましょう。動かせない場合はクッションや毛布で周囲をガードし、頭を打たないよう保護します。飼い主さんは慌てず傍らで見守り、家具の隙間などに挟まってしまいそうなら静かに移動させてあげます。
- 舌や口元に触れない:発作中に猫が舌を噛んでしまうのではと心配になるかもしれませんが、口の中に手や物を入れるのは厳禁です。人間と違い猫が舌を喉に詰まらせる心配はほとんどなく、それよりも指を誤って噛まれる危険があります。また無理に口をこじ開けると猫の顎や歯を傷つけかねません。呼吸は通常発作が治まれば回復しますので、気道確保のためと口に物を入れる行為は絶対にやめましょう。
- 刺激を与えない:発作中は猫の身体を揺すったり大声で呼んだりしないようにします。強い刺激は発作を長引かせる可能性があるため、照明を少し落として室内を静かに保ちましょう。ほかのペットや子供が近くにいる場合は静かに遠ざけ、可能であれば部屋を暗くして落ち着いた環境を作ります。
- 時間を計る:発作の開始から終了までの時間を測りましょう。体感的には非常に長く感じますが、実際に何分続いたか正確に知ることが重要です。3分を超えるような発作や、連続する発作では速やかに動物病院に連絡してください。発作が5分以上続く場合は緊急事態(てんかん重積)ですので、迷わず病院へ向かいましょう。
- 動画の撮影:可能であればスマートフォン等で発作中の様子を録画してください。発作の様子や長さは診断の貴重な手がかりになります。撮影が難しい場合でも、後述するような観察ポイントをメモしておくと受診時に役立ちます。
発作が治まり猫が落ち着いてきたら、そっと声をかけて安心させます。ただし、発作直後は意識が混乱し飼い主さんを認識できない場合もあります。そのため猫が自分から寄ってくるまでは無理に触らず、安全な距離を保ち見守ってください。呼吸や脈拍が乱れていないか、ケガをしていないか静かに確認しましょう。水やエサは嚥下が確実にできる状態に戻ってから与えます。発作後は多くの猫が疲れて眠ってしまいますが、その間に以下の事項をメモしておくと診察に役立ちます。
- 発作が起きた日時と継続時間
- 発作中の猫の様子(意識はあったか、痙攣の部位と程度)
- 発作の前後に普段と違う出来事や体調の変化がなかったか
- 例:直前に強いストレスや興奮はあったか
- 例:睡眠不足や食欲不振など体調の乱れはあったか
- 例:ノミ取り薬や市販薬を使用した直後ではないか
- 例:変な物を誤食した形跡はないか
- 例:過去に大きな病気やケガをしたことがあるか
以上を記録したら、できるだけ早めに動物病院へ連絡し指示を仰いでください。初めての発作や原因不明の発作はもちろん、短時間に複数回起きる発作や長引く発作は緊急性が高いため迷わず受診しましょう。発作が治まって猫が元気に見えても、獣医師による診断を受けることが大切です。
猫のてんかんの治療法:薬物療法と代替アプローチ
猫のてんかんは完治が難しい病気ではありますが、適切な治療によって発作の頻度や重さをコントロールすることが可能です。
治療は主に抗てんかん薬による内科療法(投薬治療)が中心となります。
また、原因疾患がある場合はその治療や手術を行うことで発作が治まるケースもあります。ここでは一般的な治療法と、補助的な代替療法について解説します。
抗てんかん薬による薬物療法
検査の結果、脳腫瘍や炎症などの原因疾患(症候性てんかん)が見つかった場合は、その治療を優先します。一方、原因が特定できない特発性てんかんや、原因治療後も発作が続く場合には抗てんかん薬を用いた長期的な投薬治療を行います。抗てんかん薬には脳内の過剰な興奮を抑え発作を起きにくくする作用があり、発作の回数を減らし重症化を防ぐことが目的です。治療開始にあたって獣医師は猫の発作の種類・頻度、健康状態(肝臓や腎臓の機能、他の病気の有無)、年齢や体重などを考慮しながら適切な薬剤と用量を選択します。一般的によく使われる薬剤の例は次のとおりです。
- フェノバルビタール(商品名:フェノバールなど):猫のてんかん治療で第一選択となることが多い古典的な抗てんかん薬です。効果が安定しており比較的安価ですが、眠気や多飲多尿・肝酵素の上昇などの副作用が出ることがあります。定期的に血中濃度や肝機能をチェックしながら投与量を調整します。
- ゾニサミド:比較的新しい抗てんかん薬で、フェノバルビタールで十分な効果が得られない場合や副作用が強い場合に用いられます。1日2回投与が必要ですが、猫にも比較的投与しやすい小型のカプセル等が使われます。
- ジアゼパム(ベンゾジアゼピン系):座薬や注射で緊急発作時の止瀉(発作止め)として使用されることがあります。即効性がありますが長期管理には適さないため、基本的には他の薬剤との補助的な位置づけです。
このほかにもレベチラセタム(イーケプラ)やガバペンチン、プレドニゾロン(炎症性脳疾患に併用)など、猫の状態に応じて処方される薬剤があります。いずれの場合も獣医師の指示通りに正確に投薬することが重要です。薬は基本的に一生続けていく管理になることが多く、発作が落ち着いていても自己判断で中止してはいけません。急な投薬中止は重篤な発作を誘発する危険性があります。必ず獣医師と相談しながら、少しずつ量を調整するようにしましょう。
副作用と注意点:抗てんかん薬の副作用として、投与開始直後にふらつきや眠気、食欲増進、多飲多尿などが見られる場合があります。これは薬に体が慣れるにつれて軽減することも多いですが、ひどい場合は早めに獣医師に相談してください。また定期的な診察と血液検査で薬の血中濃度や臓器への影響をチェックし、必要に応じて薬剤や用量を調整します。飼い主さんは毎日決まった時間に薬を与え、投薬スケジュールを厳守するようにしましょう。
外科治療・原因疾患への対応
症候性てんかんの原因として脳腫瘍や水頭症などの外科的に取り除ける病変が確認された場合、外科手術による治療が検討されます。
手術によって原因が取り除かれれば発作が完全に止まる可能性もあります。ただし猫の脳外科手術は高度な設備と技術を要し、リスクも伴います。主治医と十分相談し、猫の年齢や全身状態、手術のメリット・デメリットを踏まえて判断します。また、感染症や高血圧など全身性の原因がある場合はそちらの治療を行うことで発作が治まるケースもあります。例えば高血圧には降圧薬、感染症には抗生物質や抗ウイルス薬、肝性脳症による発作には食事療法と内科治療など、原因に即した治療を行います。原因治療だけで発作が完全になくならない場合は、並行して抗てんかん薬によるコントロールも行っていきます。
代替療法・補助的なアプローチ
近年、従来の薬物療法に加えて代替的・補助的な療法もてんかんの管理に取り入れられることがあります。これらはあくまで補助療法であり、抗てんかん薬の代わりとなる「治療法」ではありませんが、発作閾値を上げたり健康維持に役立つ可能性が期待されています。
- 食事療法(ケトン食・MCTオイル):犬のてんかん治療では高脂肪・低炭水化物のケトジェニックダイエットが発作軽減に効果を示す場合があり、猫でも中鎖脂肪酸(MCT)を含む食事が検討されることがあります。MCTオイルはケトン体の生成を助け脳のエネルギー代謝を改善する効果が期待されます。ただし猫は栄養要求が特殊なため、安易に食事を変更すると別の健康問題につながることもあります。必ず獣医師の指導のもとで行いましょう。
- 漢方・ハーブ療法:動物用の漢方薬やハーブサプリメントで神経の興奮を抑える効果を謳うものがあります。カミツレ(カモミール)やバレリアンなど鎮静作用のあるハーブを用いたサプリが市販されていますが、猫への有効性は個体差が大きいです。使用する場合は成分に猫に有害なもの(例えば一部の精油やハーブは猫に中毒を起こす)が含まれていないか確認し、獣医師に相談してください。
- 鍼灸(しんきゅう)・理学療法:動物の鍼治療やマッサージにより、自律神経のバランスを整えて発作を起こしにくくする試みもあります。特に慢性的な痛みやストレスを緩和することで発作閾値を上げる効果が期待できます。専門の獣医師による施術が必要ですが、西洋医学の治療と併用して行われることがあります。
- CBDオイル(カンナビジオール):最近注目されている大麻由来の成分CBDは、神経の過剰な興奮を抑える作用が報告されており、犬のてんかんで発作頻度を減らす可能性があるとされています。日本でもペット用CBDオイルが入手可能になりつつあり、猫に使用している例もあります。ただし効果はまだ研究段階で、品質にもばらつきがあるため、使用する場合は獣医師と相談のうえ信頼できる製品を選びましょう。
これら代替療法は単独で発作を抑え込む決定打とはなりませんが、総合的なケアの一環として取り入れる価値があります。特に食事内容やストレスケアの工夫は日常管理として重要です。次の章では、発作を予防・軽減するために飼い主さんが日常でできる具体的な対策について説明します。
日常でできる予防策:食事管理・ストレスケア・定期健診
てんかん発作と上手に付き合っていくには、日頃の生活環境やケアも大切です。ここでは飼い主さんが日常で実践できる予防策として、食事やサプリメントの活用、ストレス管理、定期検診についてまとめます。発作の頻度を少しでも減らし、愛猫のQOL(生活の質)を維持するためにできる工夫を見ていきましょう。
食事管理と栄養サポート
日々の食事は猫の健康維持の基本です。てんかん発作を持つ猫には、神経系の機能をサポートする栄養素を積極的に摂らせることが予防につながる可能性があります。
- オメガ3脂肪酸:DHAやEPAに代表されるオメガ3系脂肪酸には抗炎症作用があり、神経細胞を保護して脳の健康をサポートする効果が期待されています。脳内の炎症を抑えることで発作リスクを軽減できる可能性があり、実際に発作の頻度が減ったとの報告もあります。青魚(マグロ・イワシ・サーモン等)やエゴマ油・亜麻仁油に多く含まれるため、総合栄養食のキャットフードに魚由来原料が含まれているものを選ぶのも良いでしょう。必要に応じて獣医師推奨のペット用フィッシュオイルサプリメントを追加する方法もあります。
- ビタミンB群:ビタミンB6やB1などのビタミンB群は神経の安定に欠かせない栄養素で、神経伝達物質の合成を助ける働きがあります。特にビタミンB6は脳の興奮を抑える抑制性伝達物質(GABAなど)の生成に関与し、不足すると発作閾値が下がる可能性があります。一方ビタミンB1(チアミン)欠乏も神経症状を引き起こすことがあるため、総合栄養食を与えていれば通常不足はしませんが、病後や高齢で食欲が落ちている猫では追加補給が有効な場合があります。レバーや卵黄、魚、肉類、豆類に多く含まれるのでおやつに茹でササミや煮干しを少量与えるのも良いでしょう。
- マグネシウム:マグネシウムは神経や筋肉の興奮を抑制しリラックスを促すミネラルです。不足すると筋肉が過度に緊張しやすくなり、痙攣を起こしやすくなる可能性があります。市販のキャットフードでもマグネシウム含有量が表示されていることがありますが、泌尿器ケア用フードでは制限されている場合もあるためバランスが大切です。サプリメントで与える際は過剰症に注意し、獣医師に適量を相談してください。食品では魚介類や緑黄色野菜、豆類、ナッツ類に含まれます。
この他にもタウリン(神経伝達を安定化)やビタミンE(抗酸化作用による細胞保護)、GABA含有食品(神経抑制物質)などが神経系の健康維持に役立つとされています。ただし栄養素は単独で大量に与えれば良いわけではなく、総合栄養食によるバランスの取れた食事が基本です。特定のサプリメントを追加する場合も、かかりつけ獣医師に相談の上で適切な製品と用量を選びましょう。「療法食」としててんかん専用の処方食は犬には存在しますが猫用は一般にはまだありません。とはいえ肝臓ケア用の食事(薬の代謝負担軽減)や高脂肪食(ケトン体利用促進)など、猫の状態に合わせてフード選びを工夫することはできます。市販フードで迷ったら獣医師に相談し、愛猫に合った栄養管理計画を立てましょう。
環境・ストレスの管理
ストレスや生活環境の変化は発作を誘発する一因となることがあります。特に特発性てんかんの場合、過度な興奮や不安が神経系に影響し発作を引き起こすことがあるため、猫にとってストレスの少ない環境づくりを心がけましょう。
- 安心できる空間を確保:猫がリラックスできる静かな寝床や隠れ家を用意し、来客時や大きな物音がする際には逃げ込めるようにしておきます。多頭飼育の場合はそれぞれの猫が安心して休める場所を確保し、トイレや食事エリアも数を増やして縄張り争いのストレスを軽減します。
- 生活リズムを整える:できるだけ毎日決まった時間に食事や遊び、投薬を行い、生活パターンを安定させます。旅行や引っ越しなどやむを得ない環境変化の際は、猫用フェロモン製剤(リラックス効果のある拡散器)を使ったり、事前に獣医師に相談して抗不安薬を処方してもらう方法もあります。
- 過度な刺激を避ける:光の点滅や大音量などの刺激は発作を誘発する可能性があります。テレビやスマホの激しい点滅映像を長時間見せない、喧騒から遠ざけるなど配慮しましょう。また発作のある猫は屋外での過激な運動や過剰な興奮を避け、室内で適度な遊びにとどめます。興奮しやすい猫の場合、遊びすぎて呼吸が荒くならないよう適宜休憩を入れてください。
定期健診と獣医師との連携
てんかん発作と診断された猫は、定期的に動物病院で健診を受けることが重要です。一般的には少なくとも半年に1回、発作の頻度が高い場合や薬を調整中の場合は数ヶ月ごとに受診し、発作の状況報告や血液検査を行います。定期健診では下記のような点をチェックします。
- 発作日誌の確認:飼い主さんが記録した発作の回数・時間・状況を獣医師と共有し、治療効果を評価します。発作が増えている場合は薬の増量や変更を検討し、減って安定していれば現状維持とします。
- 血中薬物濃度・臓器チェック:抗てんかん薬を投与している場合、血液中の薬物濃度を定期的に測定し適正範囲に入っているか確認します。同時に肝臓や腎臓の数値もチェックし、副作用が出ていないか監視します。必要に応じて薬の種類や量を調節します。
- 全身状態の診察:年齢を重ねるにつれ、新たな病気が発作に影響する可能性もあります。心臓病や糖尿病、高血圧など合併症の有無を確認し、必要なら治療します。また体重の増減や栄養状態も把握し、飼い主さんと日常ケアについて情報交換します。
定期健診以外でも、少しでも気になる変化があれば早めに受診しましょう。発作以外の症状(食欲不振、嘔吐下痢、行動の変化など)が見られた場合、それが新たな病気や発作悪化のサインかもしれません。日頃から獣医師と密に連絡を取り、愛猫の状態を共有しておくと安心です。
実際の飼い主さんの体験例
最後に、てんかん発作を持つ猫と暮らす飼い主さんの体験談をご紹介します。同じ悩みを抱える方の参考になるポイントがあるかもしれません。
〈体験例:12歳で初めて発作が起きた高齢猫〉
Mさんの愛猫(雑種、当時12歳♂)はある夜、自宅で突然全身を硬直させて倒れ、激しい痙攣発作を起こしました。驚いたMさんはすぐさま猫を毛布にくるんで保護し、深夜でしたが夜間対応の動物病院に駆け込みました。幸い発作は病院到着前に治まり、診察と血液検査・レントゲンでは特に異常が見当たらなかったため、その場では鎮静剤を打って一旦帰宅しました。翌日改めてMRI検査も検討しましたが、高齢ということもあり全身麻酔のリスクを考慮して断念。結局特発性てんかんの可能性が高いと診断され、以後フェノバルビタールの投薬治療を開始しました。発作は月に1回程度起きていましたが、投薬量を調整しながら治療を続けた結果、ここ2年間は一度も発作が起きていないそうです(Mさん談)。「初めは不安で仕方なかったですが、今では毎日決まった時間に薬を飲ませるのも猫と私の日課になりました。発作日誌をつけて主治医の先生に逐一報告しているおかげで、安心して日々を過ごせています。もし以前の私のように発作に動揺している飼い主さんがいたら、『適切な治療で発作は必ずコントロールできる』と伝えたいです」とMさんは話しています。
〈体験例:生後8ヶ月で交通事故を経験した猫〉
Kさんの愛猫(マンチカン、現在5歳♀)は子猫の頃に交通事故に遭い頭部に大怪我を負いました。奇跡的に一命はとりとめたものの、治療後しばらくして部分発作を繰り返すようになりました。事故の後遺症による症候性てんかんと診断され、Kさんは猫の発作と付き合っていくことを決意しました。当初は月に数回、小さな焦点発作(顔の痙攣や異常行動)を起こしていましたが、投薬治療と日常ケアを徹底することで現在は発作の頻度が減り月に1回程度になっています。「事故直後は後ろ足が麻痺して歩けなかったのに、今では嘘のように元気です。発作も軽いものがたまにあるくらいで、普段は他の猫と変わらず遊んでいます」とKさん。発作を起こしやすい日を観察していると天候の悪い低気圧の日や興奮した夜に多いことに気づき、そんな日は早めに部屋を暗くして安静に過ごさせるよう工夫しているそうです。「最初は落ち込んだりもしましたが、猫自身は前向きに毎日を生きています。てんかんと分かっても悲観せず、ゆっくり付き合っていけば大丈夫だと思いますよ」と笑顔で語ってくれました。
よくある質問Q&A:猫のてんかん発作に関する疑問
Q1. 猫が発作中に舌を噛みそうです。口に指やスプーンを入れてもいいですか?
A. **絶対にやめましょう。発作中に無理に口を開けようとすると、飼い主さんが噛まれて大けがをする恐れがありますし、猫の顎や歯を傷つける危険もあります。人とは異なり猫が舌を喉に詰まらせて窒息する可能性は低いです。むしろ下手に干渉しないことが大切なので、発作中は安全確保に徹し口元には触れないでください。
Q2. 一度発作を起こしました。これはもう「てんかん」なのでしょうか?
A. 1回の発作だけでてんかんと断定はできません。てんかんの診断は「発作を繰り返し起こすこと」が条件の一つです。最初の発作では単なるケイレンや失神発作など他の原因の可能性もあります。ただし一度でも発作が起きた場合、今後も起こる可能性があるため油断は禁物です。一度きりで収まるケースもありますが、念のため動物病院で検査を受けておくことをおすすめします。
Q3. 薬を飲み始めたら一生やめられないのですか?副作用も心配です。
A. 多くの場合、抗てんかん薬は長期的な継続が必要です。**発作が落ち着いてもしばらく薬を続け、獣医師の判断で徐々に減薬することはありますが、完全に中止できるケースはまれです。副作用については、最初に眠気やふらつきが出ても次第に慣れるケースが多いです。定期検査で臓器への影響もチェックできますので、過度に心配せず主治医とよく相談してください。近年は新しい薬も登場し副作用が比較的少ない選択肢もあります。正しく投薬管理すれば猫は普通に生活できますので、メリットが副作用のリスクを上回ると考えてください。
Q4. 発作が起きると猫は命の危険がありますか?
A. ほとんどの短い発作は命に直結しませんが、油断できません。典型的な全身けいれん発作は1〜2分で自然に治まり、それ自体で死に至ることは通常ありません。ただし5分以上続く発作や連続する発作(重積発作)は生命に関わる緊急事態です。また発作の原因となった脳腫瘍や中毒などそのものが命に関わる場合もあります。発作中に頭を強打したり、高所から転落すると二次的な事故につながることもあります。発作が起きたら軽くても必ず獣医師に報告・相談し、危険な発作に発展しないよう管理することが大切です。
Q5. 家で発作を起こしたとき、救急車のようなものは呼べますか?
A. 人とは異なり動物用の救急車サービスも一部地域ではありますが、基本は飼い主さん自身で病院へ運ぶ必要があります。発作が治まった後に自力で動物病院へ連れて行くのが原則ですが、どうしても車が出せない場合や夜間で対応に迷う場合は、かかりつけ医に電話連絡して指示を仰いでください。夜間救急の動物病院を日頃から確認し連絡先を控えておくと安心です。また発作の様子を動画で記録しておけば、通院時に的確な処置に役立ちます。
まとめ:獣医師からのアドバイス
猫のてんかん発作は突然起こるため飼い主さんにとって大変な不安要素ですが、正しい知識と冷静な対応があれば怖がりすぎる必要はありません。獣医師の立場から言えるのは、「発作とうまく付き合えば、猫は普段と変わらない生活を送れる」ということです。実際、多くの発作持ちの猫が薬を飲みながら元気に過ごしています。大切なのは飼い主さんが焦らず猫に寄り添い、長い目でケアを続けることです。
▶今日からできる具体的アドバイス:
- 発作日誌をつける:発作の日時・様子・持続時間・前後の出来事をメモし、通院時に獣医師と情報共有しましょう。発作の傾向が見えてきます。
- 投薬と検査を継続する:処方された薬は決められた時間・量を守って与え、定期的な血液検査で健康チェックを欠かさないでください。
- 住環境を見直す:家具の配置や高さを工夫し、発作時にもケガしにくい部屋作りを心がけます。柔らかいマットを敷く、ケージを安静スペースにする等も有効です。
- 緊急時に備える:夜間救急病院の場所と連絡先を調べてメモしておきましょう。発作が5分以上続くようならすぐ連絡・受診できるよう準備しておくと安心です。
- 一人で抱え込まない:主治医や家族とよく相談し、不安なことは聞いて解決しましょう。必要なら発作持ちの猫を飼う他の飼い主さんの体験談を参考にするのも励みになります。
愛猫のてんかん発作と向き合うのは簡単ではありませんが、飼い主さんの愛情と適切なケアがあれば必ず乗り越えられます。大切な家族である猫ちゃんのために、できる範囲で無理せずケアを続けていきましょう。困ったときはいつでも獣医師に相談し、二人三脚で愛猫の健やかな毎日を守ってあげてくださいね。