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猫の肥大型心筋症(HCM):大動脈血栓塞栓症と心不全の管理

「突然呼吸が苦しそうになった」「後肢が急に動かなくなった」「定期健診で心雑音を指摘された」——猫の肥大型心筋症(HCM)は猫に最も多い心臓病であり、ある日突然致命的な症状(肺水腫・大動脈血栓塞栓症)を引き起こすことがあります。しかし、早期発見と適切な管理で多くの猫が長期間QOLを維持できます。本記事では、HCMの病態・症状・診断・治療・長期管理を詳しく解説します。

肥大型心筋症(HCM)とは

肥大型心筋症(Hypertrophic Cardiomyopathy:HCM)は、心筋(特に左心室壁・心室中隔)が異常に肥厚する疾患です。心臓の壁が厚くなることで心室内腔が狭くなり、拡張機能(血液を受け取る能力)が低下します。収縮機能(ポンプ機能)は初期には保たれますが、進行すると心不全につながります。

有病率:猫に最も多い心臓病

  • 猫の心臓病全体の約60〜70%がHCM
  • 一般的な成猫の集団での有病率:約14〜16%(Maine Coonでは21〜33%)
  • 品種問わずすべての猫に発症しうるが、特定の品種で遺伝的に高頻度

好発品種と遺伝子変異

品種 有病率 遺伝子変異
メインクーン 約21〜33% MYBPC3遺伝子変異(A31P)。常染色体優性遺伝
ラグドール 約30〜36% MYBPC3遺伝子変異(R820W)。常染色体優性遺伝
ブリティッシュショートヘア 高い 遺伝子変異同定されていない
ペルシャ・スコティッシュフォールド・スフィンクスなど 高い 遺伝子変異は品種により異なる
雑種猫(混血) 約10〜15% 様々

メインクーンとラグドールでは遺伝子検査(MYBPC3変異検査)が可能です。ただし遺伝子変異を持つすべての猫がHCMを発症するわけではなく、浸透率は70〜80%程度です。

原発性HCMと二次性肥大型心筋症の違い

  • 原発性HCM:遺伝的または特発性の真の肥大型心筋症
  • 二次性(類似型):甲状腺機能亢進症・高血圧・全身性疾患が心筋肥大を引き起こす。原因を治療すれば改善することが多い

したがって、心筋肥大が認められた場合は必ず甲状腺機能亢進症(tT4測定)と高血圧(血圧測定)を除外することが重要です。

病態と合併症

左心不全・肺水腫

左心室の拡張障害により左心房圧が上昇し、肺静脈圧が増加→肺に液体が漏出(肺水腫)・胸水貯留。突然の重篤な呼吸困難として現れます。HCMの最も多い急性死亡原因の一つです。

大動脈血栓塞栓症(ATE)——最も恐ろしい合併症

左心房の血液うっ滞→血栓形成→大動脈分岐部(鞍状血栓)に血栓が詰まる→後肢への血流遮断。

  • 典型症状:後肢が突然動かなくなる・激しい疼痛で叫ぶ・後肢が冷たい・後肢の肉球が蒼白または青紫色・後肢の脈拍消失
  • 発生頻度:HCM猫の約13〜17%(前向き研究)
  • 予後:急性期の死亡率が高い(約40〜50%が72時間以内に死亡または安楽死)。生存した場合も再発率が高い(1年以内の再発率約50%)
  • ATEは最も緊急性の高い合併症であり、発見したら直ちに救急受診が必要です

突然死

HCM猫の一部は心室性不整脈(心室細動)により突然死します。特に重篤な心筋肥大・動的流出路閉塞(SAM:収縮期前方運動)がある場合にリスクが高まります。

症状と病期分類

HCMの病期(ACVIM分類を猫に応用)

ステージ 状態 症状
B1 心エコーでHCM所見あり・心雑音なし・臨床症状なし 無症状
B2 心エコーでHCM所見あり・心雑音あり・左心房拡大あり・臨床症状なし 無症状だが心不全リスクあり
C 心不全を発症(肺水腫・胸水) 呼吸困難・開口呼吸・腹式呼吸・元気消失
D 標準治療に反応しない難治性心不全 重篤な呼吸困難・治療抵抗性

無症状期(ステージB)の重要性

多くのHCM猫は長期間(年単位)無症状の時期が続きます。この期間に発見・モニタリングを開始することが、心不全やATEの予防的管理につながります。

診断

心エコー検査(最も重要)

HCMの確定診断には心エコー(超音波)が不可欠です。

  • 左心室壁厚の測定:拡張末期の左心室壁厚(LVIDd)・心室中隔厚(IVSd)。≥6 mm(一部のガイドラインでは≥5.5mm)でHCMと診断
  • 左心房サイズ:左心房/大動脈比(LA/Ao比)。正常<1.5。>1.5〜2.0で拡大を示唆し血栓リスク・心不全リスク増加
  • SAM(収縮期前方運動):僧帽弁の異常動態。動的流出路閉塞を引き起こし突然死・失神のリスク
  • 心膜液・胸水:心不全の評価

血圧測定

高血圧性心筋症の除外に必須。収縮期血圧160 mmHg以上で高血圧と判定。

甲状腺ホルモン(tT4)測定

10歳以上の猫では特に重要。甲状腺機能亢進症による二次性心肥大の除外。

聴診・心雑音の評価

HCM猫の多くが心雑音を呈しますが、心雑音がないHCM猫も多く(約50%)、聴診のみでHCMの有無を判断できません。逆に心雑音があるすべての猫がHCMを持つわけでもありません。心エコーによる確認が必要です。

バイオマーカー(NT-proBNP・cTnI)

  • NT-proBNP(BNP前駆体):心臓への圧負荷・容量負荷のマーカー。HCMの診断補助・スクリーニングに有用。ただし偽陽性・偽陰性あり
  • 心筋トロポニンI(cTnI):心筋傷害のマーカー。HCMの重症度・進行の指標として使用される

胸部レントゲン

  • 肺水腫・胸水の確認(心不全の評価)
  • 心臓のシルエット評価(バレンタインサイン:心臓が横に広がる典型的な所見)

治療

無症状期(ステージB)

無症状のHCM猫に対する薬物療法の有効性については、現在も議論があります。

  • 左心房拡大あり(LA/Ao>1.5):クロピドグレル(Plavix)75mgの1/4錠/日。血栓予防目的。一部のガイドラインで推奨
  • REVEAL試験(2018):左心房拡大のある猫でアテノロール(β遮断薬)は心不全・ATEへの移行を遅らせなかったという結果。β遮断薬の無症状期での効果は疑問視されている
  • 定期的なモニタリングが最も重要(心エコー、バイオマーカー)

心不全期(ステージC・D)

薬剤 目的 用量(目安)
フロセミド(利尿薬) 肺水腫・胸水の除去(最重要) 急性期:2〜4 mg/kg IV/IM。維持:1〜2 mg/kg 1日1〜2回
ピモベンダン(Vetmedin) 心収縮力増強・血管拡張。ステージCへの有効性が報告されている 2.5 mg 1日2回(猫用)
ACE阻害薬(エナラプリル・ベナゼプリル) 後負荷軽減・神経体液性活性化の抑制 ベナゼプリル0.25〜0.5 mg/kg 1日1回
アテノロール(β遮断薬) SAM・動的閉塞・頻脈の管理 6.25〜12.5 mg 1日2回(ただし心不全急性期は禁忌)
スピロノラクトン 利尿補助・抗アルドステロン作用 1〜2 mg/kg 1日1〜2回
クロピドグレル(Plavix) 血栓予防(ATE予防) 18.75 mg/日(1/4錠/日)

大動脈血栓塞栓症(ATE)の緊急治療

  • 痛みの管理(オピオイド鎮痛薬)
  • 保温(体温低下を防ぐ)
  • 心不全の同時治療(多くの場合ATEは心不全を合併)
  • 血栓溶解療法(t-PA・ストレプトキナーゼ):合併症(出血)のリスクが高く、選択的に使用。予後改善の明確なエビデンスは限定的
  • 48〜72時間を生き延びた場合は後肢機能が部分的に回復することがある
  • 再発予防:クロピドグレル + 低分子量ヘパリン(アスピリンはクロピドグレルより劣る)

モニタリングと長期管理

ステージ 心エコー頻度 バイオマーカー
B1(軽度) 12〜24ヶ月ごと 6〜12ヶ月ごと
B2(左心房拡大あり) 6〜12ヶ月ごと 3〜6ヶ月ごと
C・D(心不全) 1〜3ヶ月ごと 1〜3ヶ月ごと

自宅での呼吸数モニタリング

心不全リスクのある猫(ステージB2以上)では、安静時呼吸数(RSR)のモニタリングが推奨されます。

  • 睡眠中または安静時(眼を閉じている状態)に1分間の呼吸数を計測
  • 正常:24回/分以下
  • 30回/分以上の場合は速やかに受診
  • 毎日同じ時間帯に計測し記録する。スマートフォンのアプリ(呼吸数カウンター)が便利

予後

HCMの予後は病期・症状の有無・LA/Ao比・NT-proBNP値などによって大きく異なります。

  • 無症状猫(ステージB):中央生存期間は数年以上。LA/Ao比が正常範囲内の場合は特に良好
  • 心不全発症猫(ステージC):適切な治療で中央生存期間は約1〜2年(個体差が大きい)
  • ATE発症後:48〜72時間の急性期を乗り越えた場合、後肢機能が回復する場合がある。長期予後は基礎のHCMの重症度に依存。中央生存期間は約2〜6ヶ月(ATE再発が多い)

まとめ:定期的な心エコー検査が鍵

猫の肥大型心筋症は「突然発症する」というイメージがありますが、実際には多くの猫で長い無症状期があります。この期間に心エコー検査でHCMを発見し、定期的にモニタリングすることで、心不全やATEへの対応準備を整えることができます。

メインクーン・ラグドールなどの好発品種では遺伝子検査も選択肢となります。心雑音を指摘された猫・息が少し速い気がする猫は、早めに心エコー検査を受けることをお勧めします。

猫の心臓病・HCMについて個別に相談したい飼い主様は、獣医師への個別相談もご活用ください。

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