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【獣医師監修】犬の甲状腺機能低下症の症状・診断・治療と食事管理ガイド

「食事量は変わっていないのに太ってきた」「散歩に行きたがらなくなった」「毛の再生がすごく遅い気がする」——これらは犬の甲状腺機能低下症のよくあるサインです。中高齢の犬に比較的多く見られるこの内分泌疾患は、適切な診断と継続的な治療で多くの犬が普通の生活を取り戻せます。本記事では獣医師監修のもと、症状・診断・治療・食事管理を詳しく解説します。

甲状腺機能低下症とはどんな病気か

甲状腺機能低下症は甲状腺ホルモン(主にサイロキシン・トリヨードサイロニン)の分泌が低下する内分泌疾患です。甲状腺は気管の両側にある小さな臓器で、全身の代謝速度を調節するホルモンを分泌しています。このホルモンが不足すると代謝が全身的に低下し、様々な症状が現れます。

好発年齢は4〜10歳の中高齢犬で、性差はほぼなく去勢・避妊手術後の犬では発症リスクがわずかに高いとも言われています。好発犬種はゴールデンレトリーバー・ラブラドールレトリーバー・ドーベルマンピンシャー・アイリッシュセッター・ボクサー・ダックスフンドなどです。

主な原因の分類

1. リンパ球性甲状腺炎(自己免疫性)

最も多い原因(全体の約50%)。免疫システムが誤って甲状腺組織を攻撃することで甲状腺が徐々に破壊されます。この過程は年単位で進行するため、発症前に甲状腺に対する自己抗体(甲状腺グロブリン自己抗体)が検出されることがあります。自己抗体が陽性の若い犬は将来的に甲状腺機能低下症を発症するリスクが高いとされています。

2. 特発性甲状腺萎縮

甲状腺組織が脂肪組織に置き換わります(甲状腺の萎縮)。原因は完全には明らかにされていませんが、約50%の症例がこれに該当します。

3. その他の原因(まれ)

  • 甲状腺腫瘍:甲状腺の腫瘍(癌)により正常組織が破壊される
  • 先天性:生まれつき甲状腺が機能しない(珍しい)
  • 薬剤性:スルホンアミド系抗菌薬の長期投与など
  • 下垂体・視床下部の疾患:二次性甲状腺機能低下症(まれ)

症状(段階別)

初期(軽度)の症状

甲状腺機能低下症は進行が緩やかなため、初期は「なんとなく元気がない」程度の変化に気づきにくいことがあります。

  • 活動性のわずかな低下(「少し元気がなくなった気がする」程度)
  • 体重が少しずつ増えている(食事量は同じなのに)
  • 寒がる傾向が増す(以前より暖かい場所を好む)

中等度の症状

代謝低下・皮膚・被毛の変化が明確になります。

症状カテゴリ 具体的な症状
代謝低下 体重増加・肥満・運動不耐性・寒がる・元気消失
皮膚・被毛 左右対称性の脱毛(尾・体幹・頸部)・皮膚の乾燥・肥厚・色素沈着
循環器 徐脈(心拍数の低下)・心筋症(まれ)
代謝異常 高脂血症(コレステロール・中性脂肪の上昇)・軽度の貧血

皮膚の典型的な変化「悲しそうな顔」(ミオキセデーマ)

重症の甲状腺機能低下症では、顔面の皮膚・皮下組織に粘液性物質が沈着し、顔がむくんで「悲しそうな表情」のように見える「ミオキセデーマ(粘液水腫)」が現れることがあります。目の周り・額の皮膚が厚くなり垂れ下がるような見た目になります。

重症(神経症状を伴う場合)

  • 顔面神経麻痺:顔の筋肉が垂れ下がる・口が歪む
  • 前庭疾患:首の傾き・眼振・旋回・バランス感覚の障害
  • 末梢神経障害:後肢の筋力低下・歩行の異常・ナックリング(足の甲で歩く)

診断方法

スクリーニング検査(血中総サイロキシン)

血中総サイロキシン(TT4)の測定がスクリーニング検査として使用されます。

TT4の値 解釈
正常範囲内(約1.0〜4.0 mcg/dL) 甲状腺機能低下症の可能性が低い(ただし除外できない)
正常下限付近(0.5〜1.0 mcg/dL) グレーゾーン(追加検査が必要)
明らかな低値(0.5 mcg/dL未満) 甲状腺機能低下症を強く疑う

注意点:TT4は他の疾患・薬剤(ステロイド・スルホンアミドなど)・低栄養によっても低下します(「病的非甲状腺疾患」と呼ばれます)。TT4が低くても本当の甲状腺機能低下症ではない場合があるため、追加検査が重要です。

確定診断(遊離サイロキシン+甲状腺刺激ホルモン)

確定診断には以下の組み合わせが標準的です。

  • 遊離サイロキシン(fT4):透析法で測定したfT4は、タンパク結合の影響を受けず真の甲状腺機能をより正確に反映します。低値であれば甲状腺機能低下症の強い根拠になります。
  • 甲状腺刺激ホルモン(TSH):甲状腺刺激ホルモンは下垂体から分泌され甲状腺を刺激するホルモンです。甲状腺機能低下症ではフィードバック機構によりTSHが高値になります。fT4低値+TSH高値の組み合わせで確定診断となります。
  • 甲状腺グロブリン自己抗体(TgAA):リンパ球性甲状腺炎の診断に有用。陽性であれば自己免疫性が確認できます。

治療法:甲状腺ホルモン補充療法

人工甲状腺ホルモン(レボチロキシン:T4製剤)の経口投与が治療の基本です。

投与方法と用量

  • 通常1日1〜2回の内服(多くの場合は1日2回から開始し、安定後に1回に変更することもある)
  • 初期用量は体重1kgあたり約0.02〜0.022mg/日(製品・状態による)
  • 多くの場合、生涯にわたる投与が必要

モニタリング

治療効果の確認と用量調整のための定期検査が重要です。

時期 検査 目標値
治療開始後4〜6週 TT4(投薬後4〜6時間後採血) 1.5〜3.5 mcg/dL
安定後 6ヶ月ごとにTT4・血液検査 正常範囲内の維持

採血のタイミングは「最後の投薬から4〜6時間後」が標準です。このタイミングでの採血により、治療のピーク時のホルモン値を確認できます。

治療への反応と改善の時期

  • 1〜2週間以内:元気・活動性が改善し始める犬が多い
  • 1〜2ヶ月後:多飲多尿・体重の改善が見られる
  • 3〜6ヶ月後:皮膚・被毛の改善(毛の再生)が見られる
  • 神経症状:回復が遅く、1〜3ヶ月以上かかることがある

食事管理のポイント

体重管理(最重要)

甲状腺機能低下症の犬は代謝が低下しているため、同じ量の食事でも太りやすいです。カロリーを管理した食事と軽い運動を組み合わせることが体重管理の基本です。治療開始後は代謝が回復するため、体重の変化に応じてフードの量を定期的に見直しましょう。

低脂肪食の推奨

甲状腺機能低下症に伴う高脂血症(コレステロール・中性脂肪の上昇)には低脂肪食が有効です。脂肪分15%以下(乾物換算)のフードを選ぶことをおすすめします。魚油(オメガ3脂肪酸)の適切な摂取は脂質異常の改善に役立つことがあります。

ヨウ素の適切な摂取

ヨウ素は甲状腺ホルモン合成に必要な成分ですが、犬はすでに薬でホルモンを補充しているため、食事からの余分なヨウ素補給は通常不要です。一般的なドッグフードには適切なヨウ素量が含まれているため、サプリメントでの追加摂取は獣医師の指示なしには行わないでください。一方で、昆布・海苔・乾燥わかめなどのヨウ素が特に多い食材を毎日大量に与えることは避けましょう。

皮膚・被毛改善のための栄養素

  • オメガ3脂肪酸(魚油):皮膚バリア機能と被毛の質を改善します
  • ビオチン(ビタミンH):被毛の再生に関与します
  • 亜鉛:皮膚・被毛の健康維持に重要なミネラルです

ただし、これらのサプリメントは治療を補助するものであり、甲状腺ホルモン補充療法の代替にはなりません。使用する場合は獣医師に相談してください。

薬の投与で注意すること

  • 投与タイミングの一貫性:毎日同じ時間に投与することで血中濃度が安定します
  • 食事との関係:一部の研究では空腹時投与が吸収を高めるとされますが、食事と一緒でも多くの犬では問題ありません。一貫したタイミングを保つことが最重要です
  • 他の薬との相互作用:カルシウムサプリ・制酸薬・フェノバルビタールなどは甲状腺ホルモンの吸収を低下させることがあります。他の薬を使用している場合は獣医師に伝えましょう

よくある誤解と正しい理解

誤解1:「太ってきたのは老化のせい」

食事量が変わらないのに体重が増加している中高齢犬では、甲状腺機能低下症を疑うべきです。「老化のせい」と放置せず血液検査を受けることが早期発見につながります。

誤解2:「治療すれば完治する」

甲状腺機能低下症は多くの場合、生涯にわたる投薬が必要です。薬で症状が改善しても投薬を中断すると再び症状が現れます。「完治」ではなく「コントロール」する疾患と理解してください。

誤解3:「甲状腺の薬は副作用が多い」

適切な用量のレボチロキシンは副作用が少ない薬です。ただし過剰投与(甲状腺機能亢進状態)になると心拍数増加・多動・体重減少などが現れます。定期的な血中濃度モニタリングにより過剰投与を防ぐことができます。

獣医師監修

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まとめ

犬の甲状腺機能低下症は中高齢犬に多く、体重増加・元気消失・脱毛・皮膚変化などが主な症状です。診断には遊離サイロキシンと甲状腺刺激ホルモンの組み合わせが最も信頼性が高く、レボチロキシンによるホルモン補充療法で多くの犬が症状を改善できます。生涯にわたる投薬と定期検査が必要ですが、適切な管理で愛犬は以前と同様の活動的な生活を取り戻せます。

参考文献・監修ガイドライン

  • Ettinger & Feldman: Textbook of Veterinary Internal Medicine, 8th ed.
  • Nelson & Couto: Small Animal Internal Medicine, 6th ed.
  • 日本獣医学会 学術誌掲載論文

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DrVets

国公立大学獣医学科卒業。臨床経験10年以上。犬・猫の慢性疾患(腎臓病・膵炎・消化器疾患・内分泌疾患)と食事管理を専門とする現役獣医師が、科学的根拠に基づいた情報を監修しています。当サイトの全記事は、国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)・世界小動物獣医師会(WSAVA)等のガイドラインに準拠して監修しています。

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