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犬の心臓病(僧帽弁閉鎖不全症):症状・ステージ分類・薬の種類と自宅での呼吸数管理

「心雑音があると言われた」「咳が続いている」「夜中に苦しそうにしている」「心臓病の薬を飲み続けなければいけないと言われて不安」——犬の心臓病は、特に小型・中型犬の中高齢期に最も多い疾患のひとつです。日本の犬の心臓病の75〜80%を占める僧帽弁閉鎖不全症(MVD)について、発症の仕組みからステージ分類・薬の種類・食事・自宅でのモニタリングまで、実際の管理に役立つ情報をまとめます。

犬の僧帽弁閉鎖不全症(MVD)とは

心臓には4つの弁があり、血液が一方向に流れるよう働いています。左心房と左心室の間にある「僧帽弁」は左心室が収縮するときに閉じ、血液が左心房に逆流しないよう弁の役割を果たします。

MVDでは加齢とともにこの弁が変性・肥厚し、弁の縁が不整になります。すると弁が完全に閉まらなくなり、収縮のたびに血液の一部が左心房へ逆流します(逆流性雑音=心雑音の原因)。逆流が増えるほど左心房・左心室が拡大し、最終的に心臓が十分なポンプ機能を維持できなくなる「うっ血性心不全(CHF)」へ進行します。

有病率・発症年齢

  • 全犬種の心臓病の約75〜80%がMVD
  • 5歳以上の小型犬の約25〜35%が罹患
  • 10歳以上の小型犬では50%以上が何らかの心臓病を持つとされる
  • キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルでは5歳以上の50%以上、10歳以上ではほぼ100%が罹患

MVDが多い犬種

犬種 特徴・注意点
キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル 最もリスクが高い。遺伝的要因が強く、繁殖犬での心臓検査が推奨されている。5歳から6ヶ月ごとの心臓検査を推奨
チワワ 高齢になるほど有病率が高い。心雑音が出ても軽症で長く安定することも多い
トイプードル・ミニチュアプードル 中高齢での発症が増える。体重管理が重要
マルチーズ 高齢期での発症率が高い。心雑音が出た時点で精密検査を推奨
ダックスフンド 椎間板ヘルニアとの合併が多い。心臓病用の食事と脊椎への配慮が必要
ヨークシャーテリア 気管虚脱との合併も多く、咳の鑑別が重要
シーズー 中高齢での発症が増える。呼吸困難の評価に注意
ポメラニアン 気管虚脱と心疾患の鑑別が重要

ステージ分類(ACVIM 2019改訂版)

米国獣医内科学会(ACVIM)のMVDコンセンサスガイドライン(2019年改訂)に基づくステージ分類は、治療開始のタイミングを決める重要な基準です。

ステージ 状態の定義 症状 治療方針
ステージA MVDリスクが高い犬種だが、まだ心臓病の所見なし なし 1〜2年ごとの心臓検査(聴診・心エコー)
ステージB1 心雑音あり。心臓の拡大なし(レントゲン・心エコーで正常範囲内) なし 投薬不要。6〜12ヶ月ごとの経過観察
ステージB2 心雑音あり+心臓拡大あり(VHS≧10.5、LA/Ao比≧1.6) なし ピモベンダン投与を推奨(EPIC試験に基づく)
ステージC 心不全症状が現在または過去にある 咳・運動不耐性・呼吸困難・失神 ピモベンダン+フロセミド+ACE-I(三剤併用が基本)
ステージD 最大量の治療でも症状がコントロールできない難治性心不全 安静時でも呼吸困難・重度の肺水腫 入院集中治療・追加薬剤・緩和ケアの検討

ステージB2でピモベンダンを始める理由(EPIC試験)

2016年に発表された大規模臨床試験「EPIC試験(Evaluation of Pimobendan In dogs with Cardiac Enlargement)」では、症状のない心臓拡大(ステージB2)の犬にピモベンダンを投与したところ、プラセボ群に比べて心不全発症までの期間が平均約15ヶ月(456日)延長されることが示されました。この結果を受けて2019年のACVIMガイドライン改訂でB2へのピモベンダン投与が明確に推奨されました。

症状:ステージによって大きく異なる

ステージB(無症状期)

聴診で心雑音が聞こえるだけで、飼い主様には何も気づかれません。この段階で発見されるかどうかは定期健診の有無に大きく左右されます。

ステージC(心不全症状期)

  • :最も多い症状。夜中・早朝・興奮した後・飲水後に多い。「ガーガー」「ケホケホ」「ゲッゲッ」という特徴的な咳。気管虚脱の咳と混同されることがある
  • 運動不耐性:「以前は元気に歩いていたのに最近すぐ疲れる」「散歩の距離が自然に短くなった」
  • 安静時の呼吸数増加:1分間に30回以上(正常は20〜30回未満)
  • 努力性呼吸:腹部が波打つような呼吸・口を開けた呼吸
  • 失神(Syncope):興奮・運動時に突然倒れる。高齢犬での失神は心臓病による不整脈を疑う
  • 腹部膨満:腹水が溜まり腹部が丸くなる(右心不全の合併で起こることがある)
  • 体重減少・食欲低下:心臓悪液質(cardiac cachexia)。重篤なサイン
  • チアノーゼ:口の周り・歯茎が青紫色になる=即座に緊急受診

緊急受診が必要なサイン

  • □ 口を開けて呼吸している・腹部を大きく使った努力性呼吸
  • □ 歯茎・舌が青紫色(チアノーゼ)
  • □ 泡状の液体を口から出している(急性肺水腫)
  • □ 突然倒れた・意識を失った
  • □ 安静時の呼吸数が1分間35回以上

診断:何を検査するか

聴診と心雑音の評価

心雑音のグレード(1〜6):

  • グレード1〜2:かろうじて聞こえる・軽度
  • グレード3:中等度の雑音(精密検査の適応)
  • グレード4〜6:強い雑音・心臓に触れると振動を感じる(Thrill)

胸部レントゲン

  • 心胸比(VHS:Vertebral Heart Size):胸椎を基準に心臓の大きさを評価。10.5以上で拡大を示唆(犬種により異なる)
  • 肺静脈の拡張・肺野の白濁化:肺水腫のサイン

心臓超音波検査(心エコー)

MVDの診断と重症度評価に最も重要な検査です。

  • 左心房/大動脈比(LA/Ao比):1.6以上で左心房拡大(B2の判定基準のひとつ)
  • 左室短軸縮小率(FS):正常値25〜40%。低下すれば心収縮能低下
  • 逆流のジェット・逆流量の評価
  • 弁の状態の観察

NT-proBNP(心臓バイオマーカー)

心臓への負荷が増えると血中に放出されるペプチド。心臓病の存在・重症度の評価に補助的に使用。咳が心臓性か呼吸器性かの鑑別にも有用。

心電図(ECG)

不整脈の評価。MVDでは心房細動・心室性不整脈を合併することがある。

治療薬:それぞれの役割

ピモベンダン(商品名:アカルディ・ベトメディン)

犬の心臓病治療の中心となる薬。2つの作用機序を持ちます。

  • 強心作用(陽性変力作用):心臓の収縮力を高める。カルシウム感受性を増強
  • 血管拡張作用:末梢血管抵抗を下げ、心臓が血液を送り出しやすくする

通常は食事の1時間前(空腹時)に投与することで吸収率が高まります。

フロセミド(商品名:ラシックス)

ループ利尿薬。肺水腫・胸水・腹水を軽減するために使用します。

  • 腎臓からのナトリウム・水分の排泄を促進
  • 副作用:多飲多尿・電解質異常(低カリウム・低ナトリウム)・腎機能への影響
  • 定期的な血液検査(腎機能・電解質)が必須

ACE阻害薬(エナラプリル・ベナゼプリルなど)

アンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害し、血管収縮を抑制します。

  • 血管抵抗を下げ心臓への負担を軽減
  • 心臓リモデリング(心臓の線維化・変形)を抑制
  • 副作用:低血圧・腎機能への影響(腎機能モニタリングが必要)

スピロノラクトン(商品名:アルダクトン)

カリウム保持性利尿薬。フロセミドとの併用でカリウム低下を防ぐとともに、心臓へのアルドステロンの悪影響(心筋線維化)を抑制します。

ステージD(難治性心不全)での追加薬

  • シルデナフィル(バイアグラ):肺高血圧の合併がある場合
  • ジゴキシン:心房細動による頻脈のコントロール
  • 利尿薬の増量・種類の変更(サイアザイド利尿薬の追加)

心臓弁膜症の外科治療(僧帽弁修復術)

日本でも一部の専門施設で僧帽弁修復術(MV repair)が実施されています。弁を外科的に修復し逆流をなくす根治手術で、成功すれば劇的な改善が期待できます。ただし費用(150〜300万円以上)・手術リスク・実施施設の限定という課題があります。ステージB2〜Cの段階での実施が推奨されます。

食事管理

ナトリウム(塩分)制限

うっ血性心不全(ステージC以降)では塩分の過剰摂取が体液貯留を悪化させます。

ステージ ナトリウム管理の目安
ステージA〜B1 一般フードで可。高塩分のおやつは避ける
ステージB2 過剰な塩分は避ける。心臓病フードへの変更を検討
ステージC〜D 心臓病専用処方食の使用を推奨(ナトリウム0.1〜0.3%乾燥重量が目安)

心臓病専用処方食

  • ロイヤルカナン 心臓サポート:低ナトリウム(乾燥重量0.22%)・タウリン・L-カルニチン配合・EPA/DHA配合
  • ヒルズ プリスクリプション h/d:低ナトリウム(0.1%)・抗酸化成分・EPA/DHA強化

タウリン・L-カルニチンの補充

一部の犬種(ゴールデンレトリバー・スパニエル・コッカー)では拡張型心筋症(DCM)とタウリン欠乏の関連が報告されており、タウリン補充が推奨されることがあります。また、米国FDAの調査(2019〜)ではグレインフリーフードとDCMの関連が指摘されており、現在も研究継続中です。

避けるべき食材

  • 塩分の多い人間の食べ物・スナック・チップス
  • ジャーキー(特に高塩分のもの)
  • ハム・ソーセージ・加工肉
  • チーズ(塩分・脂肪ともに高め)

自宅でのモニタリング:呼吸数管理が命を守る

安静時呼吸数(RR)の毎日測定

心臓病の犬を管理する上で最も重要な自宅モニタリングが「安静時呼吸数(RR:Resting Respiratory Rate)」の毎日記録です。肺に水が溜まり始める(肺水腫の初期)と、症状が出る前から呼吸数が上昇します。

測定方法:

  1. 完全に眠っているまたは安静にしている状態で測定する
  2. 胸・腹部の1回の上下動を「1回」として数える
  3. 1分間計測する(または15秒計測して4倍)
  4. 毎日同じ時間帯(起床時・就寝前など)に測定する
安静時呼吸数 評価・対応
20回以下 正常。良好な状態
21〜25回 正常範囲内。継続観察
26〜30回 注意。翌日も同じなら早めに受診
30回以上(安静時) できるだけ早急に受診(肺水腫の可能性)
35回以上または増加傾向が顕著 緊急受診

体重の毎日測定

  • 急な体重増加(24〜48時間で0.5kg以上):体液貯留(肺水腫・腹水)のサイン→受診
  • 急な体重減少が続く:心臓悪液質の進行→受診

スマートフォンアプリの活用

「RR Vet」など呼吸数記録専用のアプリがあります。毎日の記録を視覚化でき、受診時に担当獣医師に見せることができます。

定期検査スケジュール

ステージ 受診頻度 主な検査内容
ステージB1 6〜12ヶ月ごと 聴診・胸部レントゲン・心エコー
ステージB2 3〜6ヶ月ごと 心エコー・レントゲン・血液検査(腎機能・電解質)・血圧
ステージC(安定期) 1〜3ヶ月ごと 聴診・レントゲン・血液検査・NT-proBNP
ステージC(不安定期・D) 2〜4週ごとまたは必要に応じ随時 上記すべて・腹部超音波(腹水評価)

まとめ:「心雑音」を聞いた日から管理が始まる

犬の僧帽弁閉鎖不全症は、心雑音が見つかった段階からステージ評価と適切な管理を始めることが、心不全発症を遅らせる最善の方法です。

ステージB2以降はピモベンダンの投与が強く推奨されており、「症状がないから薬は不要」という考えは現在の獣医学的見解と一致しません。また心不全発症後も「毎日の呼吸数モニタリング」「体重測定」「定期的な検査」によって多くの犬が安定した生活を送ることができます。

犬の心臓病の管理・薬の選択について個別に相談したい飼い主様は、獣医師への個別相談もご活用ください。

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